終章 彼方からの文4
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「〝黄昏刻〟の中でも場所を選んだとはいえ、今の私達は目立ちすぎるからね」
指定をされた場所で集まったものの、僕達はすぐに〝黄昏刻〟の中から〝禁域〟の中へと移動を開始した。正しくは――〝禁域〟の奥深くにある禍津姫の住処にだ。
〝黄昏刻〟自体は、一歩中に入れば禍津者の巣窟であり、生徒や一般人にとって危険区域にも成り得る場所だ。
だが〝禁域〟は未だに謎が多い。
僕にとって〝禁域〟といえば、黄昏の街のイメージが強い。恐怖を煽るような存在も、僕の心象風景が作り出したモノに他ならない。けれど今の〝禁域〟の中の風景は、誰の心象風景だろう。静かな田舎道の夕暮れ時だった。
四人で、ポツリポツリと田舎道を歩いて数分のこと。一軒の武家屋敷が見えてきたかと思うと、先導していた禍津姫はその中に躊躇いなく入っていった。
「安心して入っておいで。れん」
入ることにわずかながら躊躇していた僕のことを気遣ってだろう。
こう兄様は優しく僕に声をかけてから屋敷の中へと姿を消した。続いて慣れた様子で、平夜さんも中に入っていく様子に、慌てて見失わないよう後に続く。薄暗い廊下を歩き、武家屋敷の一番奥の部屋へと辿り着くと、囲炉裏を囲むような形で――僕ら四人は半年ぶりに再開を果たした。
「ハァ……〝外〟は息が詰まりそうだぜ」
「そうかしら? 興味深いモノがたくさんあって、私は好きなのだけれど」
「……。禍津姫は害意というものに疎い体質だからね……そう思うのも仕方ないさ」
「…………」
まるで普段と変わることなく繰り広げられる談笑の数々。
それは決して僕を無視した上で行われている訳ではないのは、肌で感じている。
それでも『殺人鬼』、『禍津姫』、『隠し神』という各々の肩書きがあまりにも強烈すぎて萎縮するなというのが無理な話だった。
「こ、こう兄様……あの……」
「嗚呼、すまないね。れん」
こういうのはいつものことなんだ、と兄はやんわりと朗らかな表情で言葉を紡ぐ。
急かすでもなく、苛立つでもなく。
マイペースといったらそれまでだが、兄の纏う空気というものはなんとも不思議なものだった。
「それでは本題に入ろうか。今日、こうして呼んだ理由だが――」
「待てよ、こう。俺の口から話す」
「愛宕?」
唐突に、平夜さんは兄様の言葉を遮ったかと思うと、僕に対してギラリと抜き身の刃のような視線を向けた。その視線は、瞳は明らかに穏やかなものではなく内心ヒタリと嫌な予感がした。
「れん、前に言っただろ。俺に勝ったら、教えてやるって」
「……!」
それは二度目に平夜さんと、黄昏刻の中で出逢った時のことを言っているのだろう。
あの時のように、再び闘い合いたいのだと平夜さんは口にした。
「俺に勝ったら、全部洗いざらい教えてやる。どうだ?」
「……。そんなこと言って、愛宕は闘いたいだけでしょう」
「そうだねぇ。私もいるのだから、初めから話すことだってでき――」
「姫さんとこうは黙ってろ……! これは男どうしの約束だ!」
そして平夜さんは退禍刀を取り出したかと思うと、真っ直ぐに僕と視線を交わしながら、勝負をしろと明確な意思を言葉にした。
「…………」
洗いざらい、その言葉は正直いって魅力的だ。
だが、あまりにも唐突な決闘の申し入れに言葉を詰まらせていると――禍津姫が助け船のように更なる言葉を付け足した。
「ようは戦莫迦なのよ。愛宕は」
「……うーん」
「うるせぇ……! あの時は邪魔されたんだ! そのままでいられるかッ」
禍津姫の言葉を否定も肯定もしにくいのか、兄様は苦笑いを浮かべるだけ。
それに平夜さんが反論するのを目の前で見ていると、三人の関係性がなんともチグハグで面白かった。
(なんだか、夏生と秋葉さん達みたいだ……)
思わず、自分の友人と重ねてしまいながらも僕は一つ頷いた。
「……わかりました。それじゃあ、約束通り――僕が勝ったら洗いざらい教えてくださいね。こう兄様や禍津姫さんだけじゃない。勿論、平夜さんのことも――」
「おう。男に二言はない。なんでも教えてやる」
「……はい」
【やれやれ、戦莫迦が二人になったのう】
「……。こうの弟って、昔からこんな感じだったの? なんだか愛宕といい勝負」
「いや? そんなことはない筈なんだけどねぇ」
リツのそんな言葉を流し聞きしながら、自らの退禍刀を顕現させる。
「銘は幽冥、名は冥血――魄冥」
頭の中に言葉が浮かぶ。
言葉が音に。音が詠唱へと変化する。
「今、汝の力を此処に解放せん……!」
深紅の刀を解放すると、僕は平夜さんを連れ立って禁域内へと足を踏み入れた。
此処ならば、どれだけ暴れても外に音が漏れることはないだろう。
「あんな勝負の付き方、互いに納得できねぇよなァ? れん」
「……はい。あの時は、目黒先生に止められましたから」
正直なところ、こう兄様と同様に、平夜さんに対しても勝機があるとは思えない。
それはまだ己の未熟さ故だ。
けれどそれを嘆くつもりはない。寧ろ今は、それが嬉しくもあった。
未熟であるが故に、研鑽を積む。
何度も、何度も、何度も、何度も――負けては次こそはと勝ちに行く。
力量の差があるからといって、易々と負けるつもりは毛頭ない。全身全霊全力で勝ちを取りに行く。
(今度は、こう兄様にも鍛錬をつけて貰いたいな)
それが叶うかは、言葉にしてみなければ分からない。
けれどこうして言葉にできる距離に、傍に兄様が居てくれることが何より嬉しい。
「どちらが勝つと思う? こう」
「さぁ。どちらも伸び代はあるからね。……僕らは遠くから観戦しようか」
怪我をしないように、と禍津姫を気遣いながら歩く兄様の姿を視線で追う。
その姿はとてもお似合いで、仲睦まじい様子で、見ていて不安なことなどすべてが解けて消えていくようにも思えた。
「おら、よそ見してンじゃねぇぞ。れん」
そんな僕の意識を引き戻す、強い声。
平夜さんのほうに視線を向けると、既に準備万端だと言わんばかりに退禍刀を正眼に構えていた。部活動とは――両国先輩達の放つものとは異なる気配。それは仄かに死の香りがする。
気を抜けば、首を狩り取らんとする死神のようにすら思えてくる。
そんな死の香りを纏った緊張感と高揚感に胸が踊る。
「あの時邪魔された勝負の続きだ。兄貴を見つけた嬉しさに現を抜かすな。気張れ」
「……! はい……っ」
(勝負……。勝負、か)
前回の続きだと平夜さんは言うけれど、これは僕への稽古も兼ねているのだと薄々気づく。
その配慮は、平夜さんから言い出したのか。
はたまた兄様からの提案なのかは判らない。
ただただ、初めてあった時とは少しだけ変化した平夜さんの気配がそれを物語っていた。
(たとえ気心が知れた中だとしても、平夜さんは手を抜くような人じゃない)
全身全霊全力で、眼前の敵を屠ろうと邁進する人だ。
だからこそ僕も、それに全力で応えようと思う。
(手加減なんて、あると思うな)
そんな考えは、今一瞬、この時だけは消し去ろう。
純粋な勝負を望む相手に、それは不粋だと思うから――。
「……行きます」
そうして、僕らは同時に地を蹴った。
【了】




