終章 彼方からの文3
【れんよ。なにやら窓に紙切れが挟まっておるぞ】
「え……?」
どうやら、今日という日は厄日のようだ。
一分一秒でも、思考を休ませる暇すら与えてはくれないらしい。
「紙切れ? ……なんだろ。何処かからチラシか何か飛んできたのかな」
【いや、違うな。見たところ文のようじゃぞ。術の気配の名残もある……ご丁寧に封印蝋までされておるな。いったいどんな内容なのやら興味深い。早く開けんか】
「ちょ……、リツ待って。そんなに急かさないでよ、傷に響く……!」
次々と舞い込む問題に、正直、お茶の一杯くらいは飲む時間を与えてくれてもいいのではないかと、ぼやきながらも僕は窓辺に近づく。
そこにはリツが言った通り、封印蝋の施された文らしきものがポツネンと置かれていた。
「僕、宛て……なんだよね」
それを手に取り裏返してみると、やはりまごうこと無く僕宛の文だった。
僕にしか開けられないよう封印の施された文を寄越す人物など、いったい何処の誰だろうか。
少なくとも両親はあり得ない。呪術市で出逢った商人さんも、多分あり得ない。となると――、
「もしかして……こう兄様?」
そこでとある人物について思い至るや否や、僕は躊躇うことなく文を開き中を確認した。
『来たる十月三十一日。時刻は寅の刻。黄昏刻にて待つ』
日暮家の花押が描かれた文。そして地図らしき暗号の施された図面。達筆な文字が紙面を彩るその二枚綴りの文を何度も見返しながら、
「これって、もしかして――」
【ふむ。なんじゃ、彼奴からの果たし状か?】
「違うよ。……多分」
リツの問いにツッコミを入れつつも、すぐに暗号の解読を進めたのだった。
そうして、暗号を解読した今、僕はこうして指定の時間と場所で兄様を待っている。
時刻は午前四時。まだ日も昇らない、夜と朝の狭間の世界の中で僕はただ一人『隠し神事件』のことを思い出していた。
ろくに言葉を交わせなかった分、聞きたいことが山ほどある。
なのに、実際に逢ってしまったらそのすべてが吹き飛んでしまいそうだった。
「こう兄様からの呼び出し……なんだかドキドキしてきた」
【なんとも情けない。たかだか文での呼び立てじゃろうに】
「呼び出した相手が相手だからだよ」
家族と会うのに緊張というのも変な話かもしれないが、かれこれ十年近く会っていなかったのだ。改めてこうして会合の場を設けて貰ったとはいえ、緊張するなというのも無理な理由がもう一つがある。それは、禍津姫の存在だ。
いったい何故〝禍津者らの頭〟たる禍津姫と兄様が縁づいたのか。
そのあたりのことに関しては、思考をどれだけ巡らせても、理解が及ばない上に興味が尽きない。禍津姫自身、こう兄様と付き合っていると公言していたのだから、きっと今日も一緒なのだろう。
(目黒先生は、禍津姫と何か因縁のようなものがありそうだけど……)
それをどう解釈して接するべきかは僕にも迷いがある。
ただ漠然と、敵対だけはしたくないなぁとそんな感情があるだけだ。
モヤモヤと、一人そんなことを考えていたその時だった。
コツン、と背後から軽く頭に衝撃があった。
慌てて振り返ると、そこには目的の人物のうちの一人が立っていた。
「よぅ、れん」
「……! 平夜さん」
「もう傷も治ってそうだな。良かった良かった……まぁ、致命傷はなかったようだったからな。すぐに治るとは思っていたが――って、なんか、別の傷が増えてないか?」
「さ、さすがに半年も経ってますから。もう、万全です。これは、稽古試合でできた傷なんで、大したことはありません」
「ふぅん。まあ、大したことないならいい。こう達もすぐにやって来るぜ」
「そ、そうですか」
「なんだ、その微妙な反応は? 会いたくないのか? あれだけ捜し回ってたってのに」
「そうですけど……改めて会うのは、なんだか緊張するんです」
「あら? こうの弟はそんなに小心者なの?」
「そんなことはないよ。多少なりとも私も緊張しているからね、そういうものさ」
僕の言葉に次ぐ形で紡がれた二つの声。
「こう兄様……!」
姿を視認するまでもなく、その声で誰なのかを判断すると思わず声がした方へと駆け出した。
「待たせたね、れん」
柔らかくて、優しい声が耳朶を打つ。
気づけば、僕らがいた場所から少しだけ離れた場所に一組の男女が立っていた。




