終章 彼方からの文2
――神無月。
思い出に浸る間もなく、月日はあっという間に巡る。
事件がひと区切りつく間、それでも学園での生活は変わることは無かった。
学業に部活動。それらは他生徒同様に、平等に追いかけて来ては『隠し神事件』という非現実的な出来事を忘れさせるかのように、目まぐるしく繰り広げられる。
今日だって、そうだ。
休日だというのにも関わらず唐突に稽古試合だと、両国先輩から〝フィーカ〟で呼び出しがあったのだ。
「銘は幽冥、名は冥血――魄冥。今、汝の力を此処に解放せん」
腹の底から、心の内から紡ぎ出す詠唱。
退禍刀、冥血――魄冥は僕の相棒だ。心を削り、魂を削り、生み出した一対の愛刀。
それはまるで僕の今の心を現しているかのように、不変に、深紅に光り輝いていた。
「銘は黒雨、名は刻水。今、汝の力を此処に解放せん」
続けて紡ぎ出される詠唱。それは友人――千石夏生の愛刀の呼び水だ。
僕と夏生は唯一の部員として、所属している舞士道という部活の一員として今日も今日とて両国先輩からの扱きを受けていた。そう、俗に言う稽古試合である。
普段、稽古試合というものは基本的には竹刀。もしくはあったとしても木刀だ。
だが、両国家の後継こと、両国姉妹は違う。
真剣で鍛錬を行うほうが遙かに身につくという方針から、竹刀ではなく真剣を用いての稽古を主流としていた。勿論、それに怖じ気づかなかったといえば嘘になる。
けれど、今回の事件を経て――平夜さんやこう兄様と対峙したことで判ったことがある。
実践で得た知識や経験は、何倍もの力になる。
実践で得た知識や経験は、何倍もの自信に繋がる。
言い方は悪いが、何回、何百、何千と――ただの棒切れを振るうよりも別格の経験値をその身に付与してくれる。
研鑽を積んだことは、裏切らない。それを実践が証明してくれた――。
(護りたい人達がいる。護らなければならない人がいる。そして、護るだけじゃない。僕自身が成長していくためにも力がいる)
そう実感すればするほど、真剣の扱いに慣れていることに越したことはない。
いざという時のために、覚悟を以て挑むこと。
それに伴って、経験が身についていること。
それが積み重なっていればいるほど、助けられる場所に、人に、手が届く。
だからこそ、両国先輩のその方針に反対の意見などありはしなかった。
実践主義であればあるだけ、痛みを伴った経験を積めば積むだけ、自分の血肉へとなっていく――。
「それじゃあ、夏生。行くぞ」
「それでは、れん。参ります」
二人の姉妹は宣言する。それがどれだけ此方を慮った上での言葉だろうか。
(以前の先輩なら、情け容赦なく奇襲くらいかけてきそうなのに……)
『隠し神事件』の一見からというもの……両国先輩達は、少しだけ優しくなった。
手心を加えるという意味ではない。稽古試合は相変わらず厳しくて情け容赦がない。
けれど、稽古試合以外の鍛錬の時――以前と比べると少しだけ此方を気遣う様子が感じ取れた。
それは両国家の後継として思うところがあるからだろうか。
それとも単純に、先輩として後輩の身を案じてのことだろうか。
どちらが正解なのかは、正直、僕としては判断がつかなかった。こちらの心身を気遣う言動がある度に、隣りにいる夏生は困惑した表情を浮かべる。それが密かに面白くもあったが、その言葉を口に出すことはなかった。
(だって、言ったら夏生にどやされそうだし……)
その光景は簡単に目に浮かぶ。
――『隠し神事件』以来、夏生は前よりも鍛錬をよくこなすようになった。
もともと素行が悪いわけではない。それでも、まるで何かに追われているような、負けを許さんとするような気概が感じ取れた。事件の時、禍津姫と出逢った時の夏生の苦しみようは尋常ではなかった。夏生の中に根深く脈々と受け継がれている『ナニか』の血が騒ぎでもしていたのだろうか。
「…………」
そして事件後もそうだ。学園に帰ってきた僕に会いに来てくれたかと思えば、
『もう、負けねぇから』
そう告げた夏生の表情と言葉が、今でも強く印象に残っている。
「おい、なに考えてんだ。集中しないと先輩に一瞬でやられんぞ!」
「そうだね」
(……ふぅ)
兎にも角にも――今は稽古試合に集中するしか他はない。
気を抜けばやられる。やられれば、更なる扱きが待ち受けていることだろう。
「行きます、両国先輩」
「覚悟しろよ、先輩方」
互いに真剣を正眼に構えると、稽古試合へと身を投じた。
「うー。いっ、てて……」
全身は、打撲と切り傷だらけになっていた。
たとえ稽古試合であっても容赦はしない。仮入部試験の時から判っていたことだが、当然の既決だった。両国先輩はこと対人戦に関して手心を加えることはこれからもないだろう。
「実力差はわかっていたとしても、やっぱり負けるのは悔しいなぁ」
【であれば、更に鍛錬を積むことだな。……れん、お前さんは今までは一人で特訓をしてきたから特に思わんだろうが、時にはチームでの連携というのも必要になってくる。その立ち振る舞いは、両国家の娘らの動きから見て盗むこともできようぞ】
「うん……、そうだね」
(僕には、まだまだ足りないものが多すぎる。覚えることも、身に付けることも……)
いったい、何十回目の敗北だろう。
平夜さんに負け、兄に負け、そして両国先輩にも負けた。
そんな現実を突きつけられ、悔しい気持ちを抱かないなんて嘘だ。
生来、負けず嫌いという自覚はあるが、それを払拭した上で再戦するまでの間にどれほど成長できるだろうか。ただ、がむしゃらに稽古をすればいいという訳でもあるまいに――。
モヤモヤとした感情を抱え歯噛みし、密かに落ち込みながら寮へと戻ってきたその時だ。




