第10章 それぞれの在り方3
決着は一瞬だった。
『……っ、あはは、……』
気づけば〝隠し神〟の胴体は裂け、臓腑の代わりに靄の塊を零れさせていた。
ボロボロと身体の至る所から薄氷の如く崩れ落ちる〝隠し神〟。
そんな姿を痛ましいと思える良心が、僕にはまだあった。
「……兄様、隠し神はどうなるんですか」
「安心していいよ」
僕の不安げな問いに、兄は不意にパンと手を叩くと言葉を紡いだ。
「出ておいで――〝キンリツ〟」
「え……?」
聞いたことのない言葉に思わず疑問の声が零れ落ちる。その時だった。
【ようやく落ち着いたかい……やれやれ】
僕の影の中から飛び出してきたのは一匹の猫の姿をした神様――リツだった。
兄の代わりに、僕とずっと一緒にいてくれた頼もしい相棒。
そしてリツ自身が口にしているように『偉い神様』。
「……リツ?」
けれどその姿は今まで見ていたものとは桁違いなほどの大きさだった。
尾は何本にも分かれ、今まで見たことのない豪奢な装飾品がその身の至る所を飾っている。
「久しいね、禁律。元気にしていたかい?」
【ずぅっとこの仔の面倒をみさせておいて、最初の挨拶がそれかい。まったくお前さんという奴は……】
どこまでもマイペースだ、と兄に文句をいうリツ。
それからチラリと僕のほうに視線を向けた。
【どうだい、れん。これがわたしの本当の姿だよ。えらーい神様に見えるだろう?】
「……うん」
普段見せていた姿とは異なる存在――その神気の強さに虚を突かれたものの、僕の知っているリツと代わりがないと知り、思わず笑みがこぼれた。
「リツの本当の名前、禁律って言うんだね」
【そうだよ。良い名前だろう?】
自慢そうにグルグルと喉を鳴らすリツの姿を見上げていたその時だった。
「早速のところだけれど、禁律。頼めるかい?」
「……?」
兄が、隠し神の手を引いてはリツの前へと促した。
【分かったよ。……しかし、お前さんは本当にれんとそっくりだねぇ】
『フフッ、当たり前でしょ……?』
れんの感情から生まれ落ちたんだから、と平然と呟く〝隠し神〟。
無邪気で幼いその神を、リツはそっと幾重にも分かれた尻尾で包み込むと呪を唱え始めた。
【来たれ来たれ、我が禁ずる神の地へ。
至れ至れ、我が律する神の國へ。
眠るはまほろば。刻は泡沫。
宿りし呪いを解き放ち、猛き御身を我に捧げよ】
それは、耳にしたことのない呪いの言葉。
束縛をするのではなく、まるで誘い眠りへとつかせるような優しい言葉だった。
唄のようなその言葉が言い終わる頃には、〝隠し神〟は花弁のように崩れ落ちリツの持つ鈴の玉の中へと吸い込まれていった。
その表情には悪意の欠片もなく穏やかなもので、どこか幸せそうにすら見えた。
「……禁律はね、神を律することのできる神なんだよ。荒神となったモノを鎮め、また新しい神へと生まれ変われるようにね」
「それって……」
いつか〝隠し神〟とは異なる神となるのだろうか。
今度は誰かを憎まず、怨まず、貶めることのないような神様に――。
淡い花弁の残滓を見上げながらそんなことを思っていたその時だった。




