第10章 それぞれの在り方2
重い瞼を持ち上げて、小さく息を吐く。
「今の、は……」
僕自身のものとは異なる記憶。
けれど確かに僕の奥底に眠っていた〝隠し神〟の記憶だった。
僕の思いから生まれ落ちた小さくて幼い神は、その後どうなっただろう。
「起きたかい、れん」
「こう……にぃ、さま……」
そうだ。兄との戦闘で両手に握っていた冥血――魄冥も手から離れている。
力も魂も、そんなすべてを使いきり消耗し、気づいた時には気を失っていたようだ。
息も絶え絶えに兄を見上げる。
言葉を紡ごうとするも、喉がカラカラに渇いて声が出なかった。
兄は呼吸一つ乱れず、汗もかいていない。僕とは大違いだった。
「夢を……見てました。〝隠し神〟の」
「そうか……」
「〝隠し神〟も、僕と同じ気持ちでした……それがなんだか、寂しいのに嬉しかった」
「…………」
兄を〝隠し神〟としたのも、きっと寂しさからだ。
僕が兄に甘えていたように、兄に甘えたかったのかも知れない。
そんなことを思うと、言葉にできない感情が胸の内に宿る。
「さて……それじゃあこの子をなんとかしないとね」
「え……」
この子、という言葉に僕と兄を取り巻く靄を見つめる。気づけばその靄は最初のようなおどろおどろしさはなく、薄墨のような儚さになっていた。
「兄様、あの……〝この子〟って――」
その呼び方はまるで幼子を呼ぶかのようだ。
すると、兄の呼び掛けに応じたのか靄は人型を形作るとそこにはもう一人の僕が立っていた。
「ぼ、く……?」
『……そうだよ。僕はずっと兄様と一緒にいたんだ』
無邪気な笑みをその顔に浮かべながらも〝隠し神〟は兄から離れようとしない。
『兄様といて愉しかったよ』
その姿はまるで昔の自分を彷彿とさせた。
甘えてばかりで、頼りきりで、心を開ける人間が兄様しかいなかった頃のよう。けれど、
『たくさんの神様を殺して、八つ裂きにして、喰らってきたんだ。みーんな、僕より弱かったよ? ……そういえばさっきも、キミと戦えてとても愉しかったなぁ。キミも愉しかったでしょ? 鬱屈な心を開放できて』
「……!」
『ねえ、今度は僕と遊ぼうよ』
紡がれた思わぬ言葉に戦慄を覚える。
他者を憎み、怨み、蔑み、貶めようとする負の塊。僕が抱いていた劣等感もそうだった。
無邪気で純粋な悪意の権化――それが隠し神の正体なのだろう。
僕が積み重ねてきた思いの中でも、特に根深く重いモノ……それをいったいどうやって引き剥がせるといういうのだろうか。
「大丈夫。〝隠し神〟が取り憑いていた私と戦えていたれんなら、きっと打ち勝てる筈だ」
まるで僕の不安な感情を先読みしていたかのように、穏やかな兄の声が響く。
その叱咤激励に背中を後押しされるように、身体の芯から自然と力が湧き起こった。
「……そう、だ」
(〝隠し神〟は僕が喚び起こした。なら……その始末をつけるのも僕だ)
気づけば、〝隠し神〟も僕の冥血――魄冥と似た、黒い刀を両手に構えていた。
「はぁ……」
深く深呼吸をする。
『戦うことは愉しいよね』
「……そうだね」
〝隠し神〟の言葉に同意する。
戦うことは愉しかった。
強さを追い求める平夜さんの姿を見て、兄とは違う在り方が少しだけ羨ましく思えた。
同時に、自分の〝強さの在り方〟について考えさせられた。
兄を追うだけの自分でいいのか、と。
『キミが戦っていた時に感じていた感情。僕にも伝わってきていたよ。もっと強い奴等を倒したい、そんなふうにキミも思っていたこと、僕と似てるね』
「……嗚呼……」
否定はしなかった。
平夜さんの時も、兄と戦った時も――禍津者を倒すのとは桁違いの高ぶりがあった。
死んでもいいと思える程の胸の高鳴り。強者と渡り合える嬉しさ。同時に、自分自身の力を、心を解放できる喜びがあった。
『相手のすべてを奪い取ることって愉しいよね。弱い奴を踏みにじって、馬鹿にしていた奴等をグチャグチャにするの』
「……いいや」
その感情は、否定した。
いや、肯定できるものではなく到底理解し難いものだったからだ。
そこだけは〝隠し神〟と〝僕〟は大きく異なっていた。
『なんで? 僕と同じじゃないの? 僕を裏切るの?』
「そうじゃない……僕の求める強さは、そうじゃない。まだ上手く言葉にできないけど……兄様でも、平夜さんとも違う強さを求めたい」
その活力が、今までの怨み辛み、劣等感からくるものであったとしても、いずれは自分自身の〝力の在り方〟を掴み取りたい。
それを包み隠す必要がないというのなら――遠慮はしない。
「銘は幽冥、名は冥血――魄冥」
頭の中に言葉が浮かぶ。
言葉が音に。音が詠唱へと変化する。
「今、汝の力を此処に解放せん……!」
手の平の中に呼び戻した冥血と魂冥をしっかりと握り直す。
「さようなら――もう一人の僕」




