第9章 神降ろし4
――冥染。兄の持つ退禍刀が顔の傍を掠める。
その瞬間、風を裂く音と同時に頬に鋭い痛みが奔った。
相手は格上。それも遙かに、だ。
数ある中の退禍師の中でも、筆頭に位置している相手と戦うなど、これまでの経験上一度もなかった。そもそも争い事に対して喜びを見出したこともつい先日、平夜さんと戦った時のことだ。
そんな自分自身が、兄を打ち負かすことなどできるのか。
いや、打ち負かすなど考えることすらおこがましい。
今持てる知識と力の全てを行使し、止めることだけ考える。
〝隠し神〟ではなく、兄を。
兄ではなく〝隠し神〟を。
今ではどちらなのかさえ、判断は難しい。それでも――、
(止めてみせる……!)
ヒュッと呼吸を鋭く吐くと、兄に向かって斬りかかる。
幾多にも重なる剣戟。
そして動く度に、身体が熱を帯びていく。
偽士道の技を兄が繰り出す瞬間、両国先輩から教わった舞士道の動きを真似て繰り出す。
その動きに思うものがあったのか、兄は薄く微笑んだ。
「舞士道か……」
そう呟くのも束の間、すぐに僕の動きを真似た攻撃が繰り出される。
それを両刀で咄嗟に受け止めるも、その衝撃に吹き飛ばされ壁に身体を打ち付けた。
「ぐ……ッ」
「そんなものかい? それじゃあ彼等を護ることなどできないよ」
「……っ、なんでそんな簡単に人の生命を奪おうとすることができるんですか? かつての貴方は、たくさんの人を護ってきたのに……」
隠し神になったからですか? そう問いかける僕に対し、兄は穏やかな微笑のまま言葉を紡ぐ。
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。……人の本質なんていうのはそう簡単に見極められるモノではないだろう」
「それは……」
思わず言葉が詰まる。
それもそうだ。幼かった僕は、兄の表面の姿しか見えていなかった。
内面に何を抱いていたかなど、露ほどにも知らない。
僕が他人に対してどれだけ劣等感を抱き、怨み憎んでいたかを隠していたかのように。
「私はね……隠し神となったことを後悔していないよ。何故ならお前が抱いていた感情の重さを、辛さを識ることができたからね」
「……っ」
「私はお前を救えていたと自惚れていた。それも表面上でしかなかったのにね」
ただ優しさを与えていればいいと、安直な考えをしていたと感情を吐露させる兄。
その表情は、先ほどまで浮かべていた微笑みとは異なり苦しそうな、寂しそうなものだった。
「お前がどれだけの怨み辛みを募らせていたのか……根幹を理解できていなかった。そもそも理解していればお前は〝隠し神〟を喚ぶこともなかったのかもしれない」
「それは……」
そうかもしれない、と言いかけて口をつぐむ。
本当にそうだろうか。断言できるだろうか。
本質を理解してくれたとして、僕は本当に安心できる場所を得られただろうか。
そんな疑念が泡のように胸の内から湧き上がる。




