第9章 神降ろし
それは半泣きの状態で電話を掛けてきた、秋葉原秋葉と千石夏生からの助けに応じ駆けつけた直後のことだった。
「日暮はどうした? どこかで別れたのか?」
「れ、れん君は……白い女の人と男の人と一緒に何処かへ行っちゃったんです」
「白い女の人……?」
「付き添っていた男は、禍津姫と呼んでいた」
「禍津姫だと……!」
(どうして日暮と繋がりがある……?)
思いも寄らない言葉に、思わず目を剥く。
まさか日暮こう同様に、神隠しをするつもりだろうか。
それとも何か別の目的があるのか。
どちらにせよ、嫌な予感に胸騒ぎがする。
「日暮は何処に行った?」
「わ、分からないんです……だから、先生に連絡しないとと思ってぇ……」
「……。そうか、よく連絡したな」
一先ずは半泣きである秋葉の不安を軽減するべきだと、教師としての職能が働く。
ポンポンと宥めるように背中を撫でた後、三人が消えていったという空間を見つめる。
確かにそこはもう〝閉じて〟はいるが、出入りのために無理やり空間をこじ開けた後があった。まるで禍津者どもが出現した時のような痕跡。
「お前達二人は学園に戻れ。俺は日暮の後を追いかける」
「は、はい……」
「けど……」
何かを言いかける千石をジロリと睨み付ける。
それに憶したのか千石は言葉を留めると、無言で頷いた。
「れんのこと、連れ戻してきてくれ……頼む」
「お願いします……」
「当たり前だ」
二人の生徒の頭を優しく撫でた後、弛んだ空間の前へと足を向ける。
「銘は碧円、名は疾風。今、汝の力を此処に解放せん……ッ!」
退禍刀で空間を斬り裂くと、開かれた魔窟の闇の中へと身を投じた。
† † †
シャラリ……。
一つ、音が鳴った。
その音は一つで在りながら、複数の音を同時に響かせる。
シャラリ……シャラリ……。
また、音が鳴った。今度は二回。
その音の響きはまるで、錫杖か神楽鈴の類いだなとぼんやり思った。
無数に響く音に、泥沼にでも浸かっていたかのような意識がゆっくりと覚醒する。
涼しい風が頬を、そして身体を撫でた。
「ん……」
重い瞼を開く。
すると目の前に拡がっていたのは、見覚えのある景色――黄昏色のあの世界だった。
煌々と輝く深い黄昏色。そして風に混ざって届く鉄錆の臭いに〝黄昏刻〟のソレとは異なる場所――俗に言う〝禁域〟の中なのだと遅れて理解することができた。
けれど、あの時と大きく異なっていたのは周囲の光景。
シャラリ……シャラリ……シャラン……。
三度目の鈴の音が鳴る。そしてその音が鳴り終わり、余韻が耳朶に染み込んだ頃、ようやく意識が覚醒してきた。
「え……」
顔の見えない人らしき人が、五人いた。いわゆる雑面と呼ばれる物で顔を隠した五人は、自分を囲うようにしてそれぞれが東西南北の位置に立ち最後の一人は僕の傍らに立ち、その手には神楽鈴のような物が握られている。そして僕は――、
(なに、これ……)
四肢を赤い紐で拘束され寝台らしき場所に寝かされていた。
過去のことを思い出し、記憶の重さに耐えきれず、意識を失ったところまでは覚えている。
けれどその後のことがまったく記憶に残っていなかった。
シャラリ……シャラリ……シャラン……シャラン……。
不意に四度目の鈴の音が鳴る。そして、儀式は始まった。
「落ちよ、堕ちよ、狭間のもとに」
「下れ、降れ、此岸の淵に」
「縛り、朽ちよ、彼岸の淵に」
「来たれ、繰たれ、常夜の終に」
(……! この言葉は……)
紛れもない、それは呪いだった。
得体の知れない何かを喚び、この地に留めるための呪い語。




