第8章 隠し神5
† † †
「う、ぇ……」
込み上げてくる吐き気。それに思わず口許を抑えると僕は嘔吐いた。
記憶と同時に生まれる、鉄錆の臭い。
それは吐き出しても消えることなく身体の奥を蝕んでくる。
その歪な、醜悪な、非情な呪いに抗うことができなかった。
「おっ、おいガキ! しっかりしやがれ……!」
「どいて、愛宕」
言うや否や、禍津姫が僕の鳩尾へと掌を宛がうと何事かの呪いを呟く。
すると、じんわりと吐き気が拡散し、同時に鉄錆の臭いも薄れていった。
「あの人に繋がる最後の糸は、貴方に繋がっていたのね」
それはまるでずっと捜していたモノを見つけたような、安堵を帯びた声。
ズルリと弛緩する身体を、禍津姫が優しく受け止める。
そして、耳元で囁いた。
「神降ろしの儀式をしましょう」
「神、降ろし……?」
「ええ。貴方にしかできないことよ。あの人を――こうを取り戻すために」
そう囁く禍津姫は何度か僕の背中を優しく擦った後、そっと身体を離した。
(僕にしか、できないこと……)
今まで家族からは疎まれ、兄を捜し見つけることだけを課せられてきた。
けれどこの少女は言う。僕の力が必要なのだ、と。
「どう、したら……」
「それは、あとで教えるわ。貴方は一先ず身体を休めなさい」
「……だな。そんな調子じゃあ、儀式どころの話じゃねぇ」
チラリと白い空間の出入り口らしき付近を見つめる平夜さん。
神降ろしの儀式というモノがどういうものか詳細を聞きたかったが、今は感情の整理がつきそうにない。グラグラと世界が回るような眩暈に呻くことしかできなかった。
「僕は、どうしたら……」
「俺のほうから後で詳細を伝えてやる。今は取り敢えず寝て身体を休めろ」
「は、い……」
「そんじゃ、お姫さんは此処で大人しくしてろよ」
「……言われなくてもそうするわ。こうの弟のこと、お願いね。愛宕」
「へいへい」
そう言うと、平夜さんは僕を背中におぶってくれた。
それはまるで、昔に兄がしてくれた時のようで、優しく温かかった。
「平夜さん……」
「ンだよ」
「今度、兄のことを……教えてくれませんか?」
「あの野郎のことを話すなんざ虫唾が走る。だが……全部が終わったらな」
「……。はい」
平夜さんは多くを語らない。
それでも聞いたことには答えてくれるし、意外にも面倒見がいいのかもしれなかった。
「なあ、お姫さんよォ」
「なぁに、愛宕」
「良かったのか? あんな言い方して」
男――愛宕平夜はこうの弟を別の場所に移動させた後、すぐに私の住処へと戻ってくるや否や口を開き、指摘をしてきた。
あんな言い方、というのはきっとさっき話した『神降ろしの儀式』の件だろう。
「いいのよ。私にとって一番大切なのは――あの人なのだから」
「…………」
私のその言葉に、愛宕は何か言いたそうな表情をする。
けれど特に言及することなく、傍らに座った。
「あの野郎は喚び掛けに応じると思うか?」
「ええ。来るわ、必ず」
それは確信だった。
今まで払った犠牲。それに見合う対価や成果。
それは何一つ得られていない。
だがそれは肝心のピースが足りなかったのだ。
だから……そう。
「今度こそ、成功させてみせるわ」




