第8章 隠し神2
「今、この〝街〟はとても不安定なの」
「不安定?」
「そう。不安定、なんて言葉一つで言い表せないくらい、ヒトと私達の境界が薄くなっている」
「学園の先公どもは言わなかったか? 〝隠し神〟の噂について」
「隠し、神……?」
聞いたことのない言葉に思わず反芻する。そして首を横に振っては、
「神隠しなら耳にしたことはあります。現に、兄も神隠しに遭ったんじゃないかって思って文献や記事を漁ったこともありました」
記憶の中にある神隠しに関する情報を喚起させる。
神隠し――それはある日、忽然と人が消失する怪異現象。まるで神が隠したかのように忽然といなくなることから、昔の人は行方不明になった人を『神が隠した者』としてそう呼んだ。
そして、考えたくはないが神隠しに遭った者の大半は消息を絶ったまま……或いは『こちら側』に戻ってきたとしても死んでいるか、精神に異常を来しているという事例が多い。
だから正直、神隠しに遭っていて欲しくないと願っていた気持ちもあった。
「あの野郎は神隠しには遭ってねぇ。それは保証するし安心していい」
平夜さんは、まるで僕の考えを読んだのか、労うような言葉をかけてきた。
そして禍津姫を一瞥し互いに視線を交わせると、今度は禍津姫のほうが口を開いた。
「こうは今〝隠し神〟に成っているの」
「〝隠し神〟に、なっている……?」
再び口に出された〝隠し神〟という単語。
「なんですか? 隠し神……って」
それがいったいどれ程の脅威で、どういった存在なのだろうか。
「……、言葉の通りだ。〝神〟を隠す存在、それが隠し神。八百万神だけじゃねぇ。この街の土着神やら封印具のなんやかんやを無差別に喰らってやがる。お前に分かりやすく説明するなら……そうだな。『呪い舎』なんかが有名だろうよ。彼処の封印具が切れて、土着神の蛇野郎が暴れていたことくらい耳にしてるだろう」
「え……」
『呪い舎』――それは僕と夏生と秋葉さん、三人で初めてチームを組んだ時のことだ。
課外授業の一環として、暴れる一対の黒蛇と白蛇を鎮めた場所でもある。
だが、同時に思い出す。
あの時僕達は『呪い舎』の祭場を担当したが――他のチームの皆も街に散開しては別々に封印を行っていた。それはつまり、街の至る所にあった土着神などの封印が外れかけていたということになる。
(その元凶が、隠し神……?)
「…………」
言葉にできない感情に、胸が締め付けられる。
「あの野郎が失踪してからずっと俺達は行方を追ってた。初めは神隠しか何かかと思ってたがそうじゃねぇ。あの野郎自身が〝隠し神〟に成り代わったんだ」
「〝隠し神〟に成り代わる……? そんなこと、あり得るんですか?」
「あり得ない、だなんて口振りだな。どうしてそう言える? 八百万の神でさえ代替わりの儀式が行われる。隠し神だけが例外だなんてことはあり得ねぇ。だがそれは簡単なモンじゃねぇんだよ――普通の人間じゃあ、喚べる存在じゃないからだ」
「……!」
喚べる存在じゃない、と断言する平夜さんの言葉。
その言葉に以前見た黄昏色の夢が喚起される。
「普通の人間じゃあ、喚べないって……それじゃあ、兄はどうやって……」
【れん……】
(リツ……?)
その時、リツの声が脳裏を掠めた。
その声はいつもの優しく気遣うような声ではなく、険を孕んでいた。




