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東京Re-survive  作者: 櫻木 いづる
終章 彼方からの文
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第8章 隠し神

 墨のようにねっとりとした宵闇の世界が在った。

 それはドロリと自らの影の中から溢れ出てては収まるところを知らないようで、ゆっくりと波のように揺蕩ってはその空間をゆっくりと浸食していった。

 音もなく、光もなく。

 だがその静寂すらも喰らいながら、近くにあった卒塔婆や札、そして注連縄などをゆっくりと闇色に染め上げていった。

『お、ノれ……』

『ニンゲンめ……』

 漆黒の海に呑まれながら、怨嗟を吐き出す神がいた。

 それは黒白の鱗を持つ一対の蛇。

 チラリチラリと舌を出し、牙を覗かせては目の前に突如現れた不敬者に対して威嚇をする。

 不敬者――否、人成らざるモノは、蛇の威嚇などまるで興味がないというかのように涼しい顔をしていた。目的のモノさえ見れればいい、そう言わんばかりにキョロリと視線を周囲に巡らせる。そして――見つけた。祠に貼られている真新しい札を目にすると、その札に残る気配の残滓に思わず口許に笑みが浮かぶ。

「…………」

 微かな記憶の奥に残る一人の弟。

 その存在を思い出すと、今は失った心にわずかばかり明かりが灯る。

『タダでは返さぬゾ……!』

『喰ロうてやろう……!』

「……ウルサイよ」

 背後から紡ぎ出される怨嗟の声に、瞳を細めると振り向きざまに一対の蛇に対し掌を翳す。

 すると何もない空間から生まれ出でた漆黒の刃が蛇を両断した。

 ビシャリ、と湿った音をたてて神の残骸が漆黒の海の中に落ち、解けていく。

 その様を冷めた眼光でただ見つめる。

「……キミら如きが……止められる筈がないだろう」

 それは嘲笑に近かった。

 心の底から泡のように湧き出る感情。

 恨み、辛み、嫉み、妬み。

 哀れみ、苦しみ、寂しさ、恐怖。

 ありとあらゆる負の感情が湧き起こっては、ふつりふつりと泡どうしが合わさり大きくなっていく。湧き上がるこの感情は誰のモノでもない。そう……自分自身のモノすらない。

 あの日、あの時、あの瞬間――成り替わった〝彼〟の感情だ。

「嗚呼……早く」

 それは一縷の希望だった。

 隠し神となった自分自身を、繋ぎ止める唯一の楔といっても過言ではない。

「逢いたいな……」

 音もなく、影もなく、漆黒の闇の中に人成らざるモノの声が滲んで溶ける。

 それは薄氷のような危うさを秘めていた。


 † † †


「――い、……ろ」

 何処かから、声が聞こえる。

 それは何度も僕の名前を呼んでいるようだった。

 寝返りをうつと、フワリと柔らかい感触が頬に触れたのが分かった。

 もう少しこのまま寝ていたい。そんな甘温い感情を抱きながら身を縮こませようとしたその時だった。

「おい! いい加減目ェ覚ましやがれ!」

 それは記憶の中にある兄の声よりずっと低くで乱暴だった。

「ん……」

 気づくと、僕は見たことのない白い世界の中にいた。

 一片の隙間無く天井から地面までを、柔らかな絹糸のような何かが覆っている。

(まるで、繭玉の中みたいだ……)

 そんなことを呆然と思っていた時だった。


「目が覚めた?」


 少女、禍津姫の声が思考を切り裂いた。

「ああ、ようやくな」

 慣れた様子で言葉を交わす二人。

 その姿を寝ぼけ眼の霞んだ視界で見つめると、ゆっくりと身を起こす。

「此処、は……?」

「此処は私の籠よ。……貴方は、こうの弟だから特別に入れてあげたの」

 籠という言葉に、わずかに寂しさのようなものが陰る。

 その言葉や意味は、理解できる。

〝忌み子〟として、〝出来損ない〟として屋敷の奥で暮らしていた僕にとってもあの場所は籠のようなものだったから。

「…………」

 けれど今はそんなことを思い出している暇はない。

 ゆっくりと立ち上がると僕は禍津姫と呼ばれている少女へと疑問に思っていたことを投げかけた。

「先に一つ、訊いてもいいですか?」

「なぁに?」

「兄と……貴女はどんな関係なんですか?」

「恋人よ」

「な……! 俺は認めてねェぞ!」

 禍津姫の言葉を即座に訂正する平夜さん。

 一方、恋人と平然と言ってのける禍津姫。

(恋人……? 兄様と禍津姫が……?)

 けれど存外驚きも偏見もなかった。

 それは、夏生には悪いが混血児という存在を目の当たりにしていたからだろう。

「……こうの弟。貴方は反対しないのね」

「反対もなにも、僕はまだ貴女のことを良く識りません。それに僕がどうこう言ったところで、結局は当人達の問題でしょう?」

「あら、意外と愛宕より大人な考えをしているのね。嫌いじゃないわ、そういうの」

 あの人とは似ていないけれど、と禍津姫は呟く。

 そう……僕は禍津姫という存在について良く識らない。

 良くも悪くも『危険度』という意味でどのくらいなのかを認知していない。

 こうして普通に会話もできる。

 禍津姫――それは禍津者を統べる存在としてはある意味異質な存在で、僕らの敵なのかもしれないけれど、少なくとも〝今〟はそうは思えなかった。

「兄が失踪してからのことを、僕は知りません。〝今〟……兄の身に何がおきているのかも。でもただ一つ理解できるのは、〝禍津姫〟と呼ばれる貴女でも〝今〟の兄を助けられないということですか」

「……そうね。私だけでは無理だわ。残念だけれど」

 助けられないという僕の言葉に、禍津姫は憂いを帯びた瞳を細めた。

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