第7章 禍津姫5
「さてっと……、久々の見回りだな」
「なんだか改めてだとドキドキしちゃう」
「範囲は広くないようだし、早めに終わるんじゃないかな」
実践の授業になると僕らは久々にチームとなって夜の街を歩いていた。
〝黄昏刻〟には近寄らず、飽くまでも一般人の救助を目的として動く分、巡る場所は限られていた。
「……この街は、夜でも人が寝ないのね。ずっとネオンの光が瞬いてる」
夜風に髪をなびかせながら、ビルの屋上から下界を見下ろす秋葉さん。
その呟きは、憧れや驚きの感情を孕んでいた。
「まあ、ずっと起きてンのもどうかと思うけどな」
「私の地元は夜は皆すぐに寝静まるの。だから……色々、寂しかったなぁ」
「俺のとこは夜でも何かと騒がしかったな。静かなほうが良くないか?」
「そう? 静かなのは寂しかったけどなぁ。……れん君のところは?」
「僕のところも……静か過ぎるくらいだったかな」
それは屋敷の奥にいたことが要因ではあるけれど、秋葉さんの寂しいという気持ちは少しだけ分かる気がした。
「れん。そんなことよりも病み上がりなのに実習なんか出て大丈夫なのか?」
「そうですね。具合が悪くなったり、〝黄昏刻〟の予兆を感じたらすぐに引き返しましょう」
「うん……ありがとう。でももうほとんど治ってるから」
(まさか、謹慎処分だっただなんて口が裂けても言えない)
嘘は吐きたくない……が、目黒先生との約束をこれ以上破っては謹慎どころの話じゃなくなってしまう。目黒先生の鋭い眼光を思い出し、密かにブルリと身震いをする。
(そういえば……)
ふと、呪術市で手に入れた鈴を鞄の中から取り出すと掌の上に乗せる。
相変わらず、鈴の中に玉はなくウンともスンとも鳴りはしない。
捜し人……それは行方知れずとなった兄ただ一人。
けれど今はもう一人気になる存在がいた。
(平夜さん……。目黒先生の口振りからだと、学園の関係者じゃなさそうだったな)
そう、だ。
愛宕平夜と名乗った一人の青年。
その言動を一言で言い表すのなら粗暴だ。
『ちょうどいい! テメェで憂さ晴らしさせて貰うぜェ……!』
『どうしたよ? 日暮の力とやらはそんなモンじゃねぇだろうがァ……!』
『なら、俺を倒してみろ。俺を負かしたら一つくらいは教えてやる』
今思い出しても、日暮家に怨恨を持っての行動だと思えなくもない。
けれど、何故だろう。
捜している人がいる、そう言ってから平夜さんの雰囲気が変わったような気がするのだ。
そしてそれは兄に起因しているような気がしてならなかった。
「れん、ただいま」
記憶の中にいる兄は、いつも優しい笑顔を浮かべている。
怪我をしていても、辛くても、それをおくびにも出さない。
けれどもし、僕の識らない一面を誰かに向けていたとしたら。
それが荒々しい、粗暴な兄の姿が在ったとしたら、僕はその時なにを思うだろう。
失望するだろうか。
それとも平夜さんの時に抱いたような――力を試したいと願うだろうか。
兎にも角にも、だ。
今はどんなことでも、兄に関わるきっかけがあるのならそれを掴み取る必要がある。
仲間である二人を巻き込むことは些か心苦しい。
けれど一人で彷徨い捜すより心強いのは確かだった。
(冥血――魂冥)
チラリと対の刀を一瞥する。
〝開花〟ができたとはいえ、僕はまだ自分の刀の〝聲〟すら聞けていない。
唯一兆しが見えたのは、平夜さんと闘っていたあの瞬間だけだ。
このままでは兄捜しなど夢のまた夢。
そんな歯痒さに、密かに奥歯を噛み締めていたその時だった。
「……!」
街の賑やかな喧騒に紛れて、助けを求める悲鳴が上がった。
咄嗟に胸元の禍津石を一瞥すると、それは淡く明滅している――〝黄昏刻〟が近くに出現したのだ。そして同時に、禍津者が誰かを襲っている可能性を示唆している。
「れん君……!」
「れん!」
「行こう、秋葉さん、夏生!」
二人の呼び掛けに応えると、悲鳴が上がった方角へとビルの屋上を足場に跳んでいく。
――リリン……
耳の奥で、呪術市で聴いたあの鈴の音が鳴った。
内心驚きながらも、鈴の音を聞き逃すまいと耳をそばだてる。
すると、再び鈴の音に紛れて悲鳴が上がった。
「く、来るなァ……!」
「真下だ……!」
それは丁度、真下から聞こえてきた。
屋上から飛び降り、非常階段の手摺りを踏み台に落下の勢いを緩和させ、路地の隅で震えている人影の前に降り立ったその時だった。
「こう……?」
自分が捜し求めている人物の名を、誰かが呼んだ。




