第7章 禍津姫4
「れん、体調のほうはどうだい?」
「零」
座学が終わり、授業内容を整理してノートに取り纏めていた時だった。
不意に話しかけにきた声で、その人物が誰か分かると、手を止め顔を上げた。
其処にはまるで猫のような笑みを浮かべた零の姿があった。
「病み上がりなんだから無理をしてはいけないよ」
「……? 無理をするつもりはないけど……」
まるで忠告めいたその言葉に首を傾げる。
「本当にそうかな? キミ、授業の途中から別のことを考えていただろう」
「え……」
まるで僕の考えを見透かしたような言葉に、ドキリと心臓が跳ね上がる。
「なぁに、少し気になってね。キミが三日間風邪で休んでいた間に〝感じていた物が感じなくなった〟から」
「……!」
それはリツのことだろうか。
それとも呪術市で購入した――鞄の中に入れている鈴の呪具についてだろうか。
別にやましい物ではない。
けれど、禍津石とは異なる能力を持つ鈴の効力を試したいと思っていた。
「れん。キミ、前の呪術市に行った時に何を買ったんだい」
「それは……」
「聞くのは野暮……いや、それともお節介かな」
「…………」
それは神式零という人間と、一対一で話せる関係性だからかも知れない。
少し意地悪なことを訊いてみたくなった。
「それは、名家の神式家として? それとも学友として?」
「神式零として、だよ。ワタシは個人的にとてもキミに興味を抱いてるんだ」
「…………」
「…………」
「みゃ……!」
バサリ……!
沈黙の空気の中に、変な悲鳴と同時に異音が混じった。
音のした方向に、同じタイミングで視線を向けるとそこには秋葉さんが真っ赤な顔をして立ち尽くし、足下にはノート類が無残にも散らばっていた。
「れ、れん君と零ちゃんって……そういう関係、なの?」
「さあ、どんな関係だろうね? ねぇ、れん」
「あ、秋葉さん……。あの、これは違うというか誤解というか……」
「い、いいの! 言わなくて! お邪魔虫は退散するから……!」
「おや、お邪魔虫だなんて考えなくていいんだよ。秋葉はいてくれるだけで、場が華やぐんだから」
飄々とした態度で、まるで口説くような言葉を発する零。
もともと彼女は読めないところはあるものの、特に今日の言動は不思議だ。
【この女子、いったい何を考えている?】
リツの訝しむような声が耳朶を打つ。
チラリと零の表情を一瞥するが、やはりその真意を読み解くことはできない。
「まあまあ、秋葉はれんにノートを貸しに来たんだろう? 優しいね」
そう言って、零は秋葉さんが落としたノートをせっせと拾うと秋葉さんに持たせてあげる。
「とりあえず、れん。ワタシは退散するとしよう。秋葉の邪魔をしたくはないからね」
ただ……、と零は言葉を続ける。
「先ほど言った言葉は本心からだよ。神式零としてキミの力になりたいと思っている。何か悩みごとがあるなら、遠慮無く頼ってくれ」
それだけ言い残し、零は一人教室を出て行った。
僕と秋葉さんは、その後ろ姿を呆然と見送ることしかできなかった。
「あ、あの……。れん君、急にごめんね? 休んでいた間のノートなんだけど……良かったら見て?」
「あ、ありがとう。秋葉さん」
全科目、休んでいた間のノートを僕に渡してくれる秋葉さんの顔はまだ赤い。
きっと先ほどの零の言葉が尾を引いているのだろう。
「あ、あの……零とはそんな関係じゃないからね」
「あ……、う、うん。分かった、よ。れん君も零ちゃんも嘘は言わないもんね」
はんにゃりと笑顔を浮かべる秋葉さん。
その信頼は嬉しいものの、言葉にできない気恥ずかし気持ちが胸元を掻き毟った。
その時だ。
聞き馴染んだ予鈴の音が、空間を奮わせた。
「あ、予鈴。それじゃあ、れん君。またね」
そう言い残し、秋葉さんは足早に自席へと戻っていった。
【良い女子じゃな。……少々危なっかしいものじゃが】
「そうだね」
リツの言葉に同意しながら、僕は密かに鞄の中にある鈴のことを思い出していた。




