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東京Re-survive  作者: 櫻木 いづる
終章 彼方からの文
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第7章 禍津姫3


 † † †


 それは三日間という謹慎を言い渡され、課題と反省文を書き終えたある日のことだった。

「うーん……」

【どうしたんじゃ……?】

「以前、呪術市で買った道具のことなんだけど」

 そう言って、掌の上に乗せていたのは一つの呪具。

【鈴じゃな】

「うん、鈴……なんだけど。よく見たら変なんだよ」

 この鈴を買い付けた時のことを思い浮かべる。

 商人の顔は、目深のローブに覆われていたせいか良く憶えていない。

 けれど『兄を捜している』と言った僕に対し渡してきたのが、この呪具だった。

「見てよ、これ」

 改めて紅い組紐が結ばれた鈴をリツに見せてみる。

【ん……?】

 リツも異変に気づいたようだ。

 そうこの鈴の形を模した呪具には――音を鳴らすための玉が入っていなかった。

「これを受け取った時、音鳴ってたよね?」

【そうじゃな】

 そうなのだ。商人からこの呪具を受け取った時確かに、リリンと音が鳴ったのを覚えている。

 その音色は特徴的で、不思議と今でも思い出せるほどだ。

 なのに今は玉のないただの容れ物と化している。

「どこかで落としたかな……そんなわけないか」

 商人は言っていた。


『迷い人を捜すには、導となる灯火が必要だ。無くては、失せた人物の痕跡すら見落としてしまうだろう。だから――これを大事に持ってお行き』


 その言葉を信じるのなら、きっとこの呪具が兄と僕を繋げてくれる――そんな気がした。

 それに、気になっている人物は他にもいた。

「平夜さんと……また逢うことはできないかな」

 以前の戦闘のことを思うと、身体の芯から震えが湧き起こる。

 でも可能であるのならまた接触したいと思う自分がいた。

「実習……早く始まるといいな」

 以前ならきっとそんなことは思わなかっただろう。

 でも今は街に出る機会が、待ち遠しい。

 言い換えるのなら〝禍津者〟と出逢うことで、兄との繋がりを得られるのではと期待していた。〝黄昏刻〟の禁域が拡がった今、低学年の僕らが回れる場所はとても狭く限られているはずなのだから――。

【れん。……急いでは事をし損じるぞ】

「……。分かってる」

 ギュッと呪具を握り締めながら、僕は小さく息を吐いた。



「れん君! 風邪の具合はどうですか?」

「久しぶりだな」

 それは三日間の謹慎を終え、登校をした直後のことだった。

 チームメイトである秋葉さんと夏生が、僕が教室に入るや否や声をかけてきてくれた。

 目黒先生の説明曰く『感染力の強い風邪だから隔離中だ』と説明を受けていたらしい。

 勿論僕も目黒先生からのお説教を受けた時に謹慎理由を公にしないようにと厳重注意を受けていた。だから、フィーカでも敢えて二人に連絡を取り合うことはしなかった。

「う、うん……。お陰様でなんとか。ありがとう、二人とも」

「別に……。これ、休みの間の課題プリント」

「ノートも後でお見せしますね! 元気になってくれて良かったです。寂しいねって夏生君とも話してたんです」

「ば、馬鹿秋葉! おまえ勝手なこと言ってんじゃねぇ……!」

 屈託のない笑顔と慌てふためく夏生。

 そんな二人の様子に、今までと変わらない日常に帰ってきたのだと改めて実感する。

〝黄昏刻〟で起きたこと――それは他言無用だ。

 いつも通りの授業が始まるのだと思うと楽しみだった。


「おらー、話してないで席につけ」


 その時、普段と何一つ変わらない姿で目黒先生が教室に入ってきた。

 手短に出欠をとり、ホームルームを進めた後『今日の授業は特別だ』と宣言した。

「座学は座学だ。けどな、退禍師の中でも〝敵対〟しうる存在がいる。そのことについて説明していく」

(敵対しうる存在……?)

 その言葉に僕は違和感を覚えた。

 退禍師といえば、謂わば〝禍津者〟の専門家だ。

 それ以外で戦う必要がある存在などいるのだろうか、と。

「先生、敵対しうる存在とはいったいどのようなモノなのでしょうか? 〝禍津者〟とは異なるのでしょうか」

「嗚呼、ある意味〝禍津者〟よりタチが悪い。それは……人間だ」

「…………!」

 思いも寄らない言葉に、ゾワリと肌が粟立った。

 それは嫌でも記憶の中に焼き付いている。

〝忌み子〟として〝出来損ない〟として受けた数々の出来事が脳裏を掠める。

 両親の視線。

 使用人の言動。

 優しかった兄様以外、あの屋敷は僕にとって牢獄と呼べる場所だった。

 本当は、そんな感情など抱いてはいけないのだろう。

 でも跡継ぎである兄様――日暮こうがいなくなってからというもの、僕に対する当たりはよりいっそう強くなったのは事実だ。

「……ッ!」

 背筋を這い上がる悪寒を振り払い、目黒先生の言葉に、声に耳を傾ける。

「澱みの根源は、怨み妬み嫉み辛みといった、所謂人間の負の感情だ。そういった澱みが溜まりやすいのは繁華街が多いな」

 その言葉に、以前、外回りの任務の際に助けた青年のことを思い出す。

 彼も確か、繁華街の近くで禍津者に襲われていた。

「目黒先生、〝黄昏刻〟に這入らない理由は禁域の拡大故というのは理解している。だからと言って一般人に危険が及ぶかも知れないことを見過ごすのは如何なものだろうか」

 不意に、零が進言した。

「禍津者も、澱みも一般人には知覚できない。せめて街の見回りだけでも解禁して貰えないだろうか」

 それは神式家としての矜持だろうか。

 零の言葉に、目黒先生は小さく息を吐く。そして、

「実習の件については……各方面から急に依頼が増えてな。解禁せざるを得ない状況になった。神式の言うように澱みからの禍津者の発生と活発化が原因で一般人への被害が増加しているそうだ――だが、こうもすぐに澱みが溜まるのも異常事態なんだがな」

 何が起ころうとしているんだか、そう愚痴る目黒先生を見つめる。

【〝黄昏刻〟には這入れんでも、実習は許可されたか】

(そうだね。澱みが原因だって言ってたけど……澱みが急激に溜まることなんてあるの?)

【稀にな。原因は未だ不明とされておるようだのう……人間達の間では】

(リツに心当たりは?)

【無いこともない。……が、今は言及すべき時でもあるまい。お前さんがやりたいことを……行きたい場所に私はついて行くだけじゃ】

(ありがとう。リツ)

 リツの頼もしい言葉に後押しされながら、傍らに置いてある冥血と魄冥を一瞥した。

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