第7章 禍津姫2
† † †
「愛宕平夜……か」
教室の窓の外から、一人の生徒が寮へと帰っていくのを見送りながら、俺は独り呟いた。
懐から煙草を一本取り出すと、窓を開け火を付ける。
他の教師や学園長に見つかったらどやされるのは理解している。
それでも今は一服しなければやってられない気分だった。
「まさか、その名前を今さら訊くことになるとはな」
眉間に皺が寄るのを、無理やり指でも揉み解す。
〝黄昏刻〟で出逢ったあの時、何故取り逃がしてしまったのかと自分の失態を密かに悔いていた。外見や口調があまりにも認識と異なっていたからだ、と言い訳することはできる。
だがそうだとしても、嫌な巡り合わせだと思った。
「まずは、学園長に報告だな……」
チッと舌打ちしては、紫煙を吸い込み盛大に吐き出す。
嫌みなくらい快晴の空に、紫煙が漂い散っていく。
その様をボンヤリと眺める。
〝禍津姫〟の出現。
禁域の拡大。
そして殺人鬼『愛宕平夜』との邂逅。
次々と起こる問題に、嫌な予感がしてならなかった。
「退禍師殺しの愛宕か……」
とある一族の、忌むべき異名。それは退禍師であれば誰でも耳にしたことが在るほどだった。
退禍師はただ単純に〝禍津者〟と争うだけではない。
時には人と争わざる得ない時もある。
そう――場合によっては〝禍津者〟どもよりも人間のほうが遙かに恐ろしいのだ。
そのことを生徒たちは身を以て識っておくべきことだろう。
「仕方ねぇ。学園長に提言してみるか……」
吸い終えた煙草を携帯灰皿の中にしまうと、窓を閉め、そのままの足で学園長室へと向かった。
† † †
それは夜の中で生きていた。
いや、正確に表現するのならばその空間は夜ですらない。
昼も夜も黄昏とも無縁の闇に支配された空間。
きっと、常人であればとっくに正気を失っているだろう。
否、そういう己自身も正気である保証などない。
いつまでなのか。
いつからなのか。
正解であるかどうかなど分からない。
それでもこうしてある程度の〝思考〟ができている以上は、まだ〝大丈夫〟なのだろうと思っていた。
不明瞭な糸の束を手繰り寄せ、己の信じる道を探るしかない。
信じる道を、確かな導を求めて彷徨い歩く。
それは、始めの頃は苦痛で仕方がなかった。
けれど、何時しかそれも感じることはなくなった。
「……おいで」
指先を頭上に掲げ声を掛けると、音もなく一羽の式神が指先に留まった。
指先の感覚だけを頼りに、一羽の式神を弄ぶ。
「――そうか。そんなことが起こっているのか」
式神からの拙い情報。
けれど、正確な情報。
それを聞き取ると微かに笑みを浮かべた。
「逢えるのが楽しみだな……」
きっと、己の願いは我が儘なのだろう。
自分勝手で、他人任せ。
けれど足掻く手段くらいは自分自身の手で選び取りたいと思っていた。
それは一縷の希望だった。
「さあ、行っておいで」
それは一言そう囁くと一羽の式神を解き放った。




