第6章 黄昏刻の邂逅10
(平夜さんのこの反応は、どっちだろう……)
羨望か妬みか。幾つも湧き起こる疑問を頭の中で噛み砕いていた矢先だった。
「面白ェ……」
それは部活の時同様、咄嗟に身体が動いたに他ならない。
数秒前まで僕が立っていたその場所に、一本の太刀が振り下ろされた。
「な……!」
「おい、れんっつったな? 少し相手しろや」
「……!」
それは拒否を赦さぬ言葉だった。
二の句を継ぐ猶予すら与えぬと言わんばかりに、平夜さんの猛攻が繰り出される。
それを対の刀で辛うじて去なすように弾き、受け流してゆく。
受け止めたら最後、冥血か魂冥のどちらかが弾き飛ばされる様子が鮮明にイメージできた。
「……ッ」
つい先刻、禍津者と対峙した時と比べ物にならないほどの殺気。
「ちょうどいい! テメェで憂さ晴らしさせて貰うぜェ……!」
気を緩めれば両腕を斬り飛ばさんばかりの連撃に腕が重くなる。
「どうしたよ? 日暮の力とやらはそんなモンじゃねぇだろうがァ……!」
もっと力を見せてみろよ、と平夜さんは煽る。
「な、んで……っ、戦う理由が、ありません……!」
何故攻撃してくるのか。
日暮家に怨恨でもあるのか。
兄様のことを知っているのか、どうなのか。
肝心の答えを何一つ与えられていない。
そんなもどかしさと不条理さばかりの攻撃に、怒りという名の炎が灯る。
【れん……落ち着け……!】
僕の感情のスイッチに何かを察したのだろう。
リツが止めに這入ってきたが……もう遅い。
「冥血――魂冥!」
「行くぜェ、雪花……!」
平夜さんが何かの技を繰り出そうとする気配を察した。
その前に愛刀の名を叫ぶ。
刹那、冥血からドロリとした深紅の液体が滴り落ちる。
「愚囚を祓え! 紅麗斬……!」
「すべてを攫え! 雪月花!」
ほぼ同時に、深紅の刃と純白の何かがかち合い火花を散らす。
その瞬間にも気を緩めることなく、呼気を整えると平夜さん目がけ距離を詰める。
(戦う理由はない……けど、闘う理由はできた!)
平夜さんの突然の行動に困惑する。
だが、同時に直感した。
この人は何かを識っている人だ、と――。
「っ、はは……!」
初めて出逢えた手掛かりに、心が躍る。
闘いに楽しさなど見出したことなどない。
なのに不思議だ。
今この瞬間は、この人を――平夜さんを負かしてみたいと思ってしまう自分自身がいる。
「ハッ、面白ェ技使うじゃねェか!」
「平夜さんこそ……!」
ニヤリと獰猛に、まるで争いに飢えた獣のような笑みを浮かべる。
その笑みに応えるように僕も笑みを浮かべた。
「おい、れん。さっき人を捜してるっつったな」
平夜さんの瞳に妖しい光が宿る。
「なら、俺を倒してみろ。俺を負かしたら一つくらいは教えてやる」
「……!」
その言葉に、さらに感情の灯が燃え盛る。
同時に刀が、冥血が悦びに震えているのが掌を伝わり感じとれた。
それはまるで、退禍刀と心が一つになれたような、今まで味わったことのない感覚。
ゾワリと肌が粟立つのを感じながらも、身体の奥底から生まれてくる言葉を迷いなく解き放った。
「愚俗を穿て! 紅牙槍……!」
「斬り捨てろ! 氷刃刀!」
平夜さんの刀から生まれ出でた幾つもの氷刃が此方目がけて飛翔する。
それを迎え撃つように深紅の槍が激しい金属音を響かせて打ち砕いていく。
〝禍津者〟どもの血で生成した深紅の武器――それは見惚れるほど美しかった。
「ぐ……ッ」
「チィ……!」
轟音と衝撃波。
それに互いが耐えられず、弾き飛ばされるように壁に身体を打ち付ける。
痛みはある。それでもまだ刀は握れる。
自分でも不思議なくらい、炎のような闘志が揺らめいているのが分かった。
一方、僕と反対側に飛ばされた平夜さんは受け身を取り直ぐさま戦闘態勢に切り替えている。
遙かに戦い慣れた一挙一投足を眼で追いかける。
(習うより慣れろ……動きを盗め……!)
きっと両国先輩達が聞いたら怒るかもしれない。
それでも、実践経験をどれだけ積んでいるか、相手の力量がどれ程なのか――今の平夜さんを見ていると不思議と納得ができた。
「まだヤれんだろォ……? れん」
「……っ、まだ……」
やれる、そう言葉を紡ごうとした刹那、轟というけたたましい風が周囲に吹き荒んだ。
そして、その風の中でも聞こえてくる詠唱があった。
「澱みを散らせ、風纏」
直後、風の壁のようなモノが僕の身体を包むと、フワリと宙空へと浮かぶ。
同時に、その詠唱の主の傍へと無理やり引き寄せられた。
「そこまでだ、テメェら」
半強制的に、戦闘終了の合図が轟いた。
「日暮、どうして此処にいる?」
それは今まで聞いたことがないくらい、冷たい声の問いかけだった。
「そ、れは……」
言い訳などできはしない。僕は目黒先生との約束を破ったのだから……。
「まぁいい。お前の処遇を決めるのは後回しだ」
「…………」
どう言葉にすべきか戸惑っている僕の姿に何を思ったのか、平夜さんが目黒先生へと声をかけた。
「アンタ、八百万学園の教師か」
「そうだ」
「へェ、随分と間抜けな奴等ばかりなんだな。ガキ一人も見てられないだなんてよォ」
平夜さんの瞳には、先ほどまで闘っていた時とは異なる嘲るような笑みを浮かべていた。
「テメェ……学園の関係者じゃねぇな。此処で何してやがる」
「オイオイ、迷っていたガキを保護してやった恩人に対して随分な物言いじゃねぇかァ」
「ハッ、保護だ? ヤりあってやがったどの口が言ってやがる」
ギラリとした刃物のような視線が互いに交差する。
「……。一先ず、コイツが禁域に入らずにすんだことには感謝してやる。貴様もさっさと失せやがれ」
「ハッ、そいつァどーも」
幸か不幸か。目黒先生と平夜さんは争うことはなかった。
「行くぞ、日暮」
目黒先生の風の術で外に出ることができないまま、僕は目黒先生と学園へ戻るしかなかった。




