第6章 黄昏刻の邂逅9
「このッ……!」
目の前に迫っていた〝禍津者〟を、冥血と魂冥を用いて両断する。
ドロリとした血を振り払う間もなく、冥血が吸い上げていく感覚を覚えながらも、冥魂の具合を確かめていたその時だった。
「……ンだよ。この間、呪術市で逢ったガキじゃねぇか」
「え……?」
思いも寄らない言葉が頭上から降りかかって来た。
岸壁に囲われた周囲ではなく、頭上を見上げたそこには、先日呪術市でぶつかってしまった青年の姿があった。
「え……? 貴方は、あの時の……」
「チッ、『貴方』とか言うんじゃねぇよ。気色悪い……。俺の名は平夜だ。愛宕平夜」
「愛宕、さん……?」
「チッ、平夜でいい。苗字で呼ばれンのは好きじゃねぇんだよ」
愛宕平夜と名乗った青年は荒々しく吐き捨てると、僕の正面へと降りてきた。
「平夜さん……な、なんで……此処に」
「決まってンだろ。これでも退禍師の端くれだからなァ」
そう言うその手には、退禍刀が握られている。
一瞬、八百万学園の先生の誰かかと不安が過ったものの平夜さんはどうやら違うらしい。
それでもこんな場所で居合わせるというのも不思議な縁だと思った。
「おい、ガキ。仕留めるなら最後まで殺れ」
「え……」
刹那、平夜さんの退禍刀が顔の脇を過った。
振り向く間もなく、背後からは先ほど仕留めた同種の〝禍津者〟の悲鳴が轟く。
「戦場でちんたら話しなんざしてる暇があったら、殺ることを第一に考えやがれ」
死ぬぞ、と言い放つその言葉はあまりにも冷たくて無情だ。
「た、助けてくれてありがとうございます」
「別に礼が欲しくてした訳じゃねぇ。目障りな禍津者だったから、叩き斬っただけだ」
刀についた禍津者の血を、ブンと振り払う様は荒々しい。
ふと、以前呪術市でぶつかった時にも『迷子か』と気遣ってくれていたのを思い出した。
「改めて……この間はぶつかってすみませんでした。」
「あン? まだそんなこと気にしていたのか? 呑気というか律儀なヤツだなァ」
ガシガシと頭を掻き乱される。
平夜さんは不思議な人だ。
禁域の周囲を見回っている退禍師すべてが八百万学園に在籍している人間でないことは重々承知だ。
それじゃあ、いったい何者なのか。
僕が言うのも筋違いかも知れないが、どうして〝黄昏刻〟にいて、何をしているのだろうか。
疑問は尽きない。
チラリと首元の禍津石の反応を確かめると、薄ぼんやりとだが黄昏色に光っていた。
(禁域が近いんだ……)
勿論、他人のことなど言えない。
それでも興味を抱かずにはいられなかった。
「あの……」
「こっから先は禁域だ。ガキが来るような場所じゃねェ……帰れ」
「は、はい……」
両国先輩達とは異なる、有無を言わさぬ威圧感に閉口する。
禁域の先がどうなっているのか、少しでも情報を聞き出したかったが難しそうだ。
(仕方がない……か)
これ以上長居をすれば、教師の誰かに見つかってしまうかもしれない。
引き返すしかない、そう諦めようと言い聞かせる。
それでも最後に、聞いておきたいことがあった。
「あの、平夜さん。禁域の周辺で他の退禍師を見たりしましたか? 僕、日暮こうという人を捜しているんです」
「あン? 日暮だァ?」
僕の質問の何がいけなかったのだろう。
平夜さんは酷く不愉快そうな表情を浮かべた後『何奴もこいつも』とブツブツ何やら呟いていた。そして、
「――おい、ガキ。名前は?」
長考に耽っていたかと思えば、何故か僕の名前を問うてきた。
「え……? 日暮、れん……です」
「日暮……? ってことは、そうか。なるほどなァ……」
「……?」
日暮家は名家の一つとして名を連ねている。
そのため、羨望の眼差しを向ける者もいれば疎む気持ちを持つ者もいる。
良くも悪くも名家というのは目に付きやすい。それは過去の経験からも実感していた。




