第6章 黄昏刻の邂逅7
目黒先生はホームルームからそのまま授業に入るつもりらしい。
教科書の指定ページを開くよう指示すると、そのまま禁域の説明に入った。
「今までお前達が巡回していたエリアは、禁域周辺じゃあない。〝禍津者〟どもの量も強さも見習い修行の時の相手とは大きく異なる。まぁつまり管轄は主に退禍師だ」
見習いである僕達の出番はない、と目黒先生は断言する。
「禁域に入る実習などはあるのでしょうか?」
「……今のところはないな。学園の方針上は……だが世の中の出来事なんか総じて有り得ないことだらけだ」
面倒くせぇ、と溜め息を吐きながら目黒先生は禁域の構図と僕らが巡回している〝黄昏刻〟の中のエリアを簡易図にしてホワイトボードに描いていく。
「禁域の近くに来た場合〝禍津石〟は黄昏色に変わる。少しでも兆候が見えたらすぐにその場から離脱しろ。これは絶対命令だ」
目黒先生の口から紡がれた、絶対命令という強い言葉。
その言葉に心臓がギュッと苦しくなる。
(兄様を、捜しに行かなきゃいけないのに……)
それを制限するのか、と事情を知っている目黒先生を真っ直ぐ見つめる。
だが目黒先生は一度も此方と視線を合わせることなく、禁域に関する授業を一通りすると、そのまま解散となった。
(座学が中心だった分、身体が楽だな……)
そんなことを思いながら、友人達と学内のカフェテラスに移動する。
各々好きな飲み物を頼むと、テラス席に腰を下ろす。
「なんだか、実技がないのって残念なような、不思議な感じです……」
ポツリと秋葉さんの口から、なんとも言えない言葉が零れ落ちた。
正直、その気持ちには共感できる。
あれだけ実技続きだったのだ。
それが急に座学にすげ替えられるのは複雑な気持ちにもなる。
(何かあったのかな……?)
【恐らくは、な】
リツの言葉に、授業中の目黒先生の様子を思い浮かべる。
大きな変化は……無かったように思う。
「絶対なんかあるぜ。あの先公が実技をなくすなんてよ」
「でも……学校の方針なら、流石に目黒先生も従うんじゃないかな」
「です……よね」
だが、素直に従う姿は正直想像できなかった。
「聞いたか? 禁域のこと」
それは後ろの席に座っている上級生らしき生徒の話し声から始まった。
「禁域の範囲が拡がったんだろ?」
「理由は明かされてないよな」
「先生達が対処に追われてるんじゃねぇの」
口々に紡がれる言葉。そしてつい先ほど習ったばかりの禁域という単語につい耳を欹てる。
(やっぱり何かあったんだ)
【禁域が拡がったじゃと……】
それはリツにとっても思いがけない言葉だったのだろう。
影の中にいながらも、どこか緊張したリツの声が聞こえてきた。
(リツ……?)
【…………】
僕の問いかけに、リツは応えなかった。
「禁域……か」
【……。やはり気になるか】
食事を終え、自室へと戻ってきた時のことだ。
談笑し合うみんなより一足先に部屋に戻った僕は、愛刀である冥血と魂冥を呼び出すと鞘に収まったままのそれを見つめた。
「……。ねえ、リツ。禁域には見習いである僕らは入れない……、その認識は間違いないんだよね」
【そうだのう。私の力を使えば入れんこともない……が、どうしてだ?】
「そこに兄様はいないのかな……」
思えば、兄様が失踪した頃の記憶。それはまるで夢幻のように曖昧で、朧気なのだ。
理由は……分からない。
何故か、疑問に思わなかった。
今の今まで、兄が失踪した事実は衝撃だった。
けれど理由や原因については明確に明かして貰えなかった。
ただ『お前のせいだ』と両親に糾弾されたことはとても鮮明に憶えている。
「禁域に行ったら……兄様に逢えないかな」
それは希望でもあり、願望でもあった。
行方不明の兄の居場所が〝黄昏刻〟の何処かにあるのではないか。
そんな夢幻を抱いて仕方がない。
【よしておけ。死ぬだけだ】
それは強い否定の言葉。リツらしくない、けれど強くて正直な言葉だった。
「退禍師にならないと行くことのできない場所……だから?」
【退禍師でも死ぬ可能性のある場所だからだ】
突きつけられる事実と現実に、歯痒さを覚える。
「禁域には行かない……よ。でも、今日の見回りはしたい……着いてきてくれる?」
【良いのか? 目黒とやら……あの男は〝黄昏刻〟に這入ること自体をしばらく禁じると行っておったろう】
「…………」
それは目黒先生のことを裏切る行為。八百万学園の意向に背く行為。
厳罰は免れないだろう。
「それでも……僕ができるのは、これくらいしかないから」
【……。我が儘をいう仔だ……】
仕方がない、そう呟くリツの言葉は先ほどより幾分か優しかった。




