第6章 黄昏刻の邂逅6
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風の吹かない昏い空間。
その中を、燕の形を模した式神が一羽飛んでいた。
明かりも道標も何もない。
時折闇の中を蠢く何かとすれ違う。けれど互いに興味がわかないのか、何をするでもなくスイスイと飛翔するその姿は優美であった。
燕の式神は迷いなく飛んでいく。そしてどれくらい経っただろうか。
やがて一つの屋敷へと辿り着いた。
それは昏い闇の中に在る異質な存在だった。
人の気配も〝禍津者〟の気配も感じられない。
結界という名の防壁に護られた、完全に閉ざされた空間だった。
「おいで」
短く式神を呼ぶ声に導かれ、その式神はようやく目的地である主人のもとへと帰還した。
「ご苦労」
その人物は、頭上を旋回していた式神を呼び寄せると労いの言葉を掛ける。
「無事、式神は届いたようだな」
この空間の外に飛ばした式神は二羽。
偵察として出していた式神。そして伝達用に飛ばした式神。
その一羽が無事帰還したことから、大きな問題はないのだろうと思った。
「うん……?」
その時、微かな違和感に眉を顰める。
わずかだが感じ取った異なる術式の気配。
フゥと溜め息混じりに式神を指の間に挟むと、地面に描いておいた火紋の術式へと近づける。
「余計なことを……」
此方を探るような術の痕跡を感じ取ると、予め施しておいた術式を発動させ、それを容易く焼き弾いた。
「今の術式……ただの教師じゃないな。――となると、学園長直々か」
パチパチと何度か火花が散り、漆黒に彩られた空間を瞬間的に瞬かせる。
それは暗闇を消失させ、一人の青年の姿を浮き彫りにさせた。
「…………」
火花の軌跡を見つめながら、式神を燃やし跡形もなく消し去る。
まだ、知られるわけにはいかない。
まだ、何も成し遂げてはいないのだから。
「それにしても、まだ生きていたとは……」
きっと容姿にしても何もかも変化などしていないのだろう、と一人の老婆のことを思い出す。
「学園も、何もかも……」
ふと八百万学園のことを思い出す。
それは記憶の中でも深く、昏い場所に根付いている記憶だ。
けれど今思い返すと不思議と心が躍る。
その理由は、自分の中では分かりきっていた。
「……面白くなりそうだ」
自然と口許が弧を描く。
人知れず闇の中を蠢く影が一つ、在った。
† † †
それは休みが明けてからすぐの報せだった。
「しばらくの間、実技講習や見回りは取りやめだ」
朝のホームルームにやって来るや否や、『実技関連の授業はなしだ』と宣言した目黒先生の言葉にクラスメイト全員がざわついた。
それはつまり巡回の授業がまるまる座学に変わるということだ。
実技がないと聞いて喜ぶ者。
実技がないことに訝しむ者。
部活はどうなるのかと質問を投げかける者。
クラスメイト達の反応はまさに千差万別だった。
「あー、一気に話すな。聞き取れんし、話が進まねぇだろうが」
ヒラヒラと手を振りながら、答えることが億劫だと言わんばかりの表情を目黒先生は浮かべる。
「部活動内で行っていた巡回や実技も当分の間は無しだ。校内や学区内でできることを重視しろ。……たまには内側に目を向けて初心に戻れっつー、お偉いさんからのお達しだ」
「…………」
(あの実技重視の目黒先生が……?)
【なんの気の迷いかのう……珍しいことがあるものだ】
リツの言葉に同意する。
習うより慣れろと言い、入学早々実技試験をしていた目黒先生の姿を思い出すと有り得ないことだと思った。
「あの、先生……何かあったんですか?」
「……。なんもねぇが……どうした?」
「い、いえ。なんでもありません……」
目黒先生のジロリと睨め付けるような視線。
妙な違和感を感じるものの、それ以上追求することなどできる筈もなかった。
「さて、今日の座学は〝黄昏刻〟の禁止区域――通称『禁域』について説明する」
「禁域……」
わずかながらも耳にしたことのある話。
学食にいれば周囲の先輩達の会話に時折混じる単語だ。
(先輩達が時々話しているのは耳にしていたけれど……いまいち良く分かっていない場所のことだ。ねぇ、リツは禁域について詳しい?)
【お前さんよりかは遙かにな。だが、まだ〝開花〟して日の浅いお前さんには遠い場所じゃろうて】
(ふぅん……)




