第6章 黄昏刻の邂逅5
『皆さん、落ち着いて下さい』
宥めるような学園長の声。
そして砂嵐混じりの映像が消えると、再び学園長の姿が鮮明にディスプレイに映し出された。
『この式神が誰の手によって送られてきたのか……。現在調査をしている最中です』
学園長の手に収められた式神。
それはこの学園内で用いている物とは様式が異なっている。
教師ではない外部の人間からのメッセージ……そう捉える者もいるだろう。
『ですが、集団で〝禍津者〟が退禍師を襲ったこと……。そして〝禍津姫〟の存在を確認したことも含め、私は禁止区域の範囲を拡げようと思います』
禁止区域――通称禁域に一般生徒は入れない。
生徒達の安全を第一に考えるなら当然だと思った。
「あの……学園長。不勉強ですみません……。〝禍津姫〟とはいったい何者なんです?」
それは新米教師こと――葛西の言葉だった。
『そうですね……。葛西先生のように疑問に思った他の先生方もいるでしょう』
退禍師となって日も浅い葛西の問いに対し数秒ほど黙りこくっていた学園長だったが、徐に口を開くと言葉を続けた。
『〝禍津姫〟とは……目撃例がほとんどない〝禍津者〟どもの長の総称です。〝禍津姫〟は必ず大型である〝禍津者〟の集団を引き連れて行動すると言われています。過去の目撃情報からもその情報は確かでしょう」
それは滅多に現れない〝禍津者〟どもの行脚。
殺戮と破壊。蹂躙の限りを尽くす蛮行。
「〝禍津姫〟って奴の仕業だとしたら、目的は何なんでしょう……」
『わかりません……。目撃のあった場所から一番近くを見回っていた班は全滅だそうです。きっと〝禍津姫〟の琴線に触れたのでしょう。――また、〝禍津姫〟は隠し神の一種でも在ると考えられております……』
「隠し神……。確か、一番初めの犠牲者は日暮家の子息の一人だとか」
教師の一人が呟いた言葉に、不快そうな反応を示す別の教師が口を開く。
「犠牲者って……、まだ完全に死んでいるとは限らないでしょう」
「す、すみません……。――他の事例を洗い出したところ、失踪した者の中には愛宕家の者もいるようです」
「…………」
教師達は閉口する。
それもそうだ。自分達が見回る領域内に、今も未だ〝禍津姫〟がいるのかもしれないと思うと気も重くなるだろう。
だが、俺はその逆だった。
遙か昔、初めて目にした時から色褪せることのない光景。
それは今この瞬間にも鮮明に思い出せる。
(〝禍津姫〟は……奴は奪っていきやがった……)
俺にとって唯一無二の大切な存在を――目の前で無情にも〝禍津者〟どもの餌にしたのだ。
その時の無力さを、辛さを、怨みを忘れることなど出来はしない。
『新しい情報を掴んだらまた通達します。それまでの間、禁域周辺の見回りは慎重にお願いします』
それだけ言い、学園長の姿を映していたディスプレイはブツリと音をたてて切れた。
「……先輩。すげー顔が怖いッスよ? 大丈夫ッスか」
不意に、退禍師となってからも日の浅い、新米教師の大久保が声を掛けてきた。
「朝からとんでもないモン見せられたし仕方がないッスねー。俺、朝飯食えそうにないッスよ」
どこか他人事のように呟く大久保の頭をペシリと軽く叩く。
「無駄口叩いてねぇで、気ィ引き締めていけ……分かったな」
「いてっ! ……はいはい、厳しい先輩ッスねー」
後頭部をさすりながらも一足先にと退室していく後輩を一瞥しながら、俺は盛大に溜め息を吐いた。その心情を、誰かに話すこともできないまま……。




