第5章 舞士道と偽士道8
仮入部試験――。
それはどうやら武術部だけでなく呪術部にもあったようだ。
部活のオリエンテーションを一通り終え、学食へとやって来た僕と夏生を出迎えたのは、半泣き状態の秋葉さんと涼しい表情をした零だった。
「ど、どうしたの、秋葉さん……大丈夫?」
「だいじょばないです……です」
「だいじょばないって……」
〈そんな言葉ある……?〉
内心そんなツッコミを入れながらも、僕はチラリと零のほうを見た。
「秋葉さんのこの様子……もしかして、仮入部試験?」
「正解」
零は労るように秋葉さんの頭を優しく撫で撫でしている。
「よく頑張ったな、秋葉」
「もしかして……駄目、だった?」
「いいや、合格したよ。流石は秋葉だ。私も嬉しい」
「でも、ギリギリの点数でした。それが悔しくて……」
「ああ……なるほど」
悔しがる秋葉さんの言葉に、妙に納得する。
向上心が強いのか、はたまた負けず嫌いなのか。
意外にも秋葉さんはそういうフシがある。それはまるで昔の自分を見ているようで……ついつい親近感を抱いてしまう。
「それで、二人はどんな部活にしたんだ?」
「私と秋葉は、近代呪術だ。古式は嗜んだことがあるからね。最近の呪術がどんな変遷を辿っているか知りたくて、そこにしてみたんだ」
「はいです! 私も古式術はお婆ちゃんから習ったりしてたので、零ちゃんと同じ部活にしてみました!」
「へぇ、近代呪術か。面白そうだね」
「はい! とっても興味深いです。そういえば、二人はどうでした? 仮入部試験」
「俺ら? 合格したよ。武術系の中で……舞士道を選んだ」
その言葉から何かを察したのだろう。零が口許に手を添え、微かに笑った。
「おや、舞士道ということは噂に聞く両国家の双子が属している部活だろう?」
「うん。零……良く識ってるね」
「なぁに。両国家の姉妹といえば舞士道の達人で有名だからね」
「あ……?」
「姉妹……?」
零の口から零れ落ちた言葉に、僕と夏生は互いに顔を見合わせた。
「え? 姉弟じゃないの? もしくは兄妹――……」
「いいや、姉妹だよ? 二人とも美人だったろう?」
「いやまあそうだけど……って、違う! そうじゃねぇ!」
僕も夏生も祈舞樹先輩の一人称にすっかり騙され男だと思っていた。
「僕……てっきり……」
「言うな。俺なんか、思い切り斬りかかっちまったぞ……」
言葉にできない複雑な心境を察したのだろう。
零はクスクスと可笑しそうに笑い、僕達の様を秋葉さんは不思議そうに見つめていた。
† † †
その空間は、何もなかった。
いや、何もないというには語弊がある。
女が――少女が一人、いた。
絹糸のような細くて長い髪。そして全身を白無垢のような清廉潔白な着物に身を包んでいた。
まるで婚前式でもあるかのような装い。
けれど少女にとってはそれが普通の装いだった。
窓も扉も何もかも、その空間には存在していなかった。
白く塗り固められたその空間はまるで繭。もしくは少女を捕らえる籠のようだった。
かごめかごめ
かごのなかのとりや
いついつでやる
よあけのばんに
つるとかめがすべった
うしろのしょうめんだぁれ
その童謡は、少女の小さな唇から紡がれていた。
それは繭籠の中から出たいと願う籠女のように――訥々と歌う。
まるで愛しい誰かに届けと言わんばかりの、もの悲しさを孕んだ声だった。
「……。会いたい……」
少女は希う。
「あの人に、会いたいわ……」
それは一縷の望み。
すぐに叶うことのない願いだと解っていても、願わずにはいられなかった。
チリィン……。
それは、一つの音が空間を斬り裂いたかのようだった。
一つの無機質な鈴の音。
それが空間を奮わした瞬間、何もない空間から一人の男がやって来た。
けれどそれは、少女が願っていた相手ではない。
「よう。戻ったぞ」
男は横柄な態度で、少女へと声を掛けた。
少女は無表情のまま、冷めた紅い眼差しを男へと向ける。
「……。あの人は……?」
「チッ、またそれかよ」
少女が問い、男が受け流す。
それは幾度にも交わされたやり取り。
「俺のほうが百倍もいい男だろうが」
「…………」
慣れたといはいえ、この男は何度もしつこく言い寄ってくる。
その受け答えが億劫で堪らなかった。
「あの人がいないのなら、いいわ……」
「そうかよ……っ、たく」
フイと視線を外し、男は外の世界から買ってきた食べ物らしき物を食べ始める。
「愛宕」
「ンだよ」
声を掛けると秒で返事が返ってくる。
正直、その安心感はあった。
たった一人きりでいたら、孤独に耐えかねてしまいそうだったから。
「…………」
けれどその言葉は口には出さない。
出してしまえば、この男は調子に乗ることが嫌でも解ってしまうから。
「ンだよ? 俺の女になりたくなったか」
「違うわ。貴方……私に着いてきて良かったの?」
「可笑しなことを言う姫さんだな。アンタが俺を選んだのにか」
「でも、拒否はできたでしょう」
「拒否する理由なんざ微塵もねぇ。姫さんの傍が俺の居場所だ」
「…………」
この男はあの人と違う言葉を、軽々と口にする。
口は軽く粗暴な男。けれどその眼差しは真剣だと判る。
「それと俺のことは下の名前で呼んでくれよ。平夜だ、忘れちまったか?」
「忘れてないわ。貴方の名前、嫌いじゃないもの。名前に愛がついていて素敵だわ」
「俺はそれが嫌なんだよ」
「……フフッ」
(愛を囁く男が、愛について恥じるだなんて変なの……)
つい、そんなことを少しだけ思ってしまった。




