第5章 舞士道と偽士道7
「……、……!」
「……なさ、い」
誰かの声が聞こえる。
聞き慣れたものとは違う、高い声。
その二つの音が次第に言葉となって形作られていく。
「祈舞樹。話を聞いて下さい」
「話は聞いている! その上で、ボクは納得していないんだ!」
ゆっくりと重い瞼を開くと、視界はぼやけ、身体の奥から湧き起こる吐き気に咳き込む。
それと同時に耳に届いたのは、誰かの鋭い恫喝だった。
「風舞祈、どういうつもりだ……! 偽士道の人間を赦すだなんて!」
「祈舞樹、赦すとは言っていません。入部を認めると言ったのです」
「だからそれが赦してるんじゃないか……! ボクは反対だぞ!」
目の前に広がるのは、祈舞樹先輩と風舞祈先輩――瓜二つの顔が言い合っている場面だった。
「落ち着きなさい、祈舞樹」
「これでも落ち着いている! ただ、腹立たしいだけだ!」
一方は宥め、一方は激高している。その堂々巡りだった。
【ようやく起きたか。れん】
その時、不意にリツの声が脳裏に響いた。
【まったく、まともに蹴りを喰らいおってからに。心配したぞ】
「あれは躱しようも防ぎようもないよ……」
風舞祈先輩の攻撃を思い出す。それはとても強力で、洗練された重い一撃だった。
あの攻撃が顔面に入っていたらと思うとゾッとする。
「起きたか、れん」
「あ……、うん」
ぼんやりとした視界の中に一つの影が入る。
すぐ傍には夏生が呆れ顔で立っていた。
「お前の処遇について、ずーっとあんな感じで言い合ってるぜ?」
「処遇って……」
その言葉の重さに表情が引き攣る。
けれどそれだけのことをしたのかと思うと両国先輩には申し訳ない気持ちになる。
「起きましたか、れん」
「起きたのか、れん」
此方の会話に気づいたのだろう。
風舞祈先輩と祈舞樹先輩が近づいてきた。
「具合はどうですか? 少し強くやりすぎてしまいましたからね」
「だ、大丈夫……です」
(あの威力で少しなのか……)
風舞祈先輩は労るように僕の身体を隅々まで視診すると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。危うく大怪我をさせてしまうところでした。偽士道だと判ったら、つい……」
「風舞祈は感情のスイッチが極端なんだよ」
「祈舞樹に言われたくはありません」
ジロリと互いに睨み合う二人。
その二人を、珍しく夏生が宥めるように止めに入った。
「先輩達、喧嘩は後でやって貰って構わないンだけど……結局、れんと俺はどうなるんだ?」
夏生のその言葉に、両国先輩達は互いに咳払いをすると話を切り替えた。
「一先ず、貴方達の実力は認めましょう」
「ボクは納得していないけど……一先ず認めてあげるよ」
祈舞樹先輩の鋭い視線が刺さる。
「ですから、仮入部試験は合格です」
「だから、仮入部試験は合格だよ」
「よっしゃあ……!」
「良かった……」
合格という言葉にホッと胸を撫で下ろす。
(これで、もしかしたら少しだけ兄様に近づけるかもしれない……)
そんな期待に、密かに胸が高鳴った。
「……れん」
その時だ。不意に風舞祈先輩は膝を折ると、僕と同じ目線に合わせてきた。
「貴方がどういう思惑で舞士道を学びに来たのかは知りません。知りたいとも思いません」
「でも、学びたいって本気で思っているなら教えてあげるよ」
「少しでも変な真似をすればその時は……解っていますね?」
「は、はい……」
低い声で紡がれた脅し文句に、背筋がヒヤリと冷たくなる。
「ですが、貴方もきっと苦労をした末に此処に辿り着いたのでしょう。深くは聞きません……ですが、真面目に鍛錬に励んでくれることをワタシは願います」
「それはボクもだね。半端な気持ちで舞士道を学んで欲しくはないよ」
「……はい。そんな考えはありません」
「俺もれんも、初めから甘い気持ちなんざねぇよ。この学園に入学する時に覚悟を決めてきた奴が殆どだろうよ」
「フン、どうだか。口だけならいくらでも言えるからね」
祈舞樹先輩の厳しいに耳を傾けながら、ゆっくりと身体の調子を確かめ立ち上がる。
まだ少しだけ、腹部に痛みを感じたがなんとか動けそうだった。
「はい。これから宜しくお願いします」
ペコリと会釈をすると、スッと目の前に差し出された手があった。
それは意外にも、祈舞樹先輩からだった。
「舞士道に興味を持ってくれたこと自体は……礼を言ってあげる」
「フフッ、祈舞樹は照れ屋さんなんです。握手は祈舞樹なりの親愛の証と思って下さいな」
「はい。ありがとうございます、祈舞樹先輩」
「……フン、精々足掻いて覚えることだね」
祈舞樹先輩はぶっきらぼうにそう言いながらも、僕と夏生それぞれと握手を交わしてくれた。




