第4章 銘名と開花8
【れん。〝禍津者〟だ。いやはや、これで何体目じゃろうなぁ】
「随分と多いね……けど、どうにかしてみせる……!」
背後にいる青年を庇いながら戦えるだろうかと一抹の不安を抱きながらも、夏生と秋葉さんそれぞれに目配せした。
「銘は幽冥、名は冥血――魄冥。今、汝の力を此処に解放せん……っ」
「銘は黒雨、名は刻水。今、汝の力を此処に解放せん」
「銘は赤羽、名は烈火。今、汝の力を此処に解放せん!」
詠唱と同時に、鞘から刀身を解き放つ。
「みぃツ、けタ……ノに……ナンで?」
カクリ、と壊れた人形のように首を傾げる禍津者を見据え、呼吸を整える。
光のない濁った視線と視線が交わったと感じた次の瞬間、女の髪の毛が幾つもの束になり鋭飛来してきた。
それを夏生と呼吸を揃えて斬り付けていく。
おおよそ髪とは呼べない、硬質化されたそれは一歩間違えば容易く四肢を斬り付けるだろう。
ギィンと耳障りな金属音が生まれ、反響しては空気に溶けていく。
「チッ……、仕方ねぇ、やるか」
このままではキリがないと思ったのだろう。
夏生の構えを変え、刻水という名の刀が静かに震えた直後、夏生が吠えた。
「躍れ、刻水! 水斬糸!」
夏生の怒鳴るような声と同時に、刻水の刀身から墨のような黒い液体が零れ落ちる。
刹那、それは幾多もの水の糸となり禍津者を拘束していく。
「凄い……」
「なに感心してやがる! いい加減お前もなんかやれ!」
「……!」
夏生のその言葉に、ドクンと心臓が高鳴る。
「でも、また爆花したら……」
「大丈夫です!」
「その時は防いでやる……! だから遠慮無くやれ!」
「……っ」
二人の心強い言葉に、胸が熱くなる。その時、
オオォオォォォ……!
まるで地の底から呻くような声が、空間を奮わせる。
骸骨、鬼蜘蛛、餓鬼などまるで刀の詠唱に共鳴するかのように、女の禍津者の背後から集団で姿を現した。
その数は此方の人数を遙かに凌ぐ数。
黄昏色の世界は禍津者どもの領域なのだと改めて実感させられる。
「……ったく、お前に付き合ってるとやたら禍津者と遭遇するな。れんお前、引き寄せる体質なのか?」
「あ、はは……。気のせいじゃない?」
曖昧に笑って誤魔化しながらも、内心夏生の言葉にドキリとしてしまう。
「まぁまぁ、夏生くん。そう言わずに……。禍津者を早くどうにかしましょう?」
夏生を宥めながらも、一先ずは一般人の青年の救助が最優先だ。
早く安全な場所に連れて行き――探索に戻らなければならない。
(早く、兄さんを見つけないと……)
目黒先生からの指示は、禍津石の波長を調べ知ることだ。
けれど禍津石を持たされ、禍津者の討伐を指示された時から決めていた。
黄昏刻に潜り、少しでも兄を捜す手掛かりを見つけよう、と。
それは二人を危険に晒すと同時に、二人の善意を利用する行為だ。
なのに、黄昏刻の世界に侵入る前に二人は快諾してくれた。
『リーダーはお前だ。そう決めた以上、命を預けるのは当然だろ』
『わたしにも、お兄さん捜し……手伝わせて下さいです。せっかくチームになったんですから、どうか遠慮しないで欲しいです』
二人の言葉を思い出しながら、冥血と冥魂を構える。
相変わらず〝開花〟の声は聞こえない。
それでも今はいい。
この対の刀にすべて託し、信じ、賭けているのだから。
「秋葉さんはその人の傍に。夏生、いける?」
「応。余裕だ、あんな雑魚ども」
普段と変わらない夏生の悪態に苦笑する。
視線を禍津者の集団へと定め、呼吸を整える。
【れん。落ち着いてやれば大丈夫だ】
(うん……!)
命を奪う覚悟はできている。
二人を護り抜く覚悟もできている。
あとはただ、刃を振るうだけだ――。
「行こう――冥血、魂冥」
タンッと軽い足音と共に地を蹴ると、一番槍と言わんばかりに餓鬼の懐へと飛び込んだ。
驚愕に見開かれる紅い瞳と視線が交わる。
哀れみも、憎しみもない。あるのはただ昏い、怨みに似た感情だけだ。
「消えろ」
そうして、魂冥を振るうと餓鬼の首を容易く斬り飛ばす。
吹き出す血飛沫すら浴びるより先に、次は傍にいた骸骨に狙いを定めた。
「懺悔の暇なんて与えない」
今度は冥血を奮い、骸骨の胸部――肋骨の間に灯る鉱石のような核を破壊した。
耳を塞ぎたくなるほどの、つんざくような悲鳴。
初めは胸が締め付けられた音も、今では何も感じない。
禍津者の悲鳴など瑣末事。
次の獲物に狙いを定めようとした刹那、ぎゅるりと首に巻き付く黒い束があった。
それは女の姿を模した禍津者から伸びていた。
「れん君……っ!」
轟、と炎の一撃が髪束を喰らう。
刀では斬り解けないと判断したのだろう。開花した、炎を操る秋葉さんの一撃によって、髪束はあっさりと砕け散った。




