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東京Re-survive  作者: 櫻木 いづる
終章 彼方からの文
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第4章 銘名と開花7

「見回り……緊張するね」

「そうだな。だが同時に退禍師としての一歩を踏み出せたかと思うと誇らしくも思う」

「誇らしい。そう……そうだね、うん」

 藤治郎君の、きっと心の底からの言葉なのだろう。

 言葉にできない感情を密かにしまい込みながら、僕は胸元に揺れる禍津石を握った。

 それから各々で食事を取り終えた僕らは、再び目黒先生に指定された場所――校庭に集合した。

 既に日の暮れた真っ暗闇の中、目黒先生は佇んでいた。

「よし。時間通りに集まったな」

 ジロリと睨め付けるような視線。

「全員、退禍刀と禍津石は持っているな? 今日は校外……といっても学区街だが、各チームに分かれて街の見回りをして貰う」

『はい』

 最早、苦言を呈する者など誰一人いない。

 入学式から日も浅い。けれど、目黒先生の教育方針は嫌というほど身体に叩き込まれていた。

「これから各チーム毎に振り分けた分担表を配る」

 言いながら、目黒先生は不意に首に提げていた禍津石を取り出すと僕らに見せつけるようにして掲げて見せた。

「今日の目的は、禍津石の波長の変化を覚えることだ。禍津石は、黄昏刻が顕現する時と禍津者とで異なった波長を示す。禍津者には青緑色の波長、黄昏刻には紫色だ」

「……?」

 ホワン、と暗闇の中でも一瞬禍津石が光って見えたのは気のせいだろうか。

 目黒先生の言葉は、無情にも更に続く。

「ちなみに、ただ波長を見るだけの実習じゃねぇ。禍津者と接触した場合は、できる限り討伐しろ。これもチームワークを深める一環だ。それと――奴等の溜まり場は黄昏刻が発源しやすくなるという話もある。まぁ、眉唾ものと思っておけ」

 言い終えると、目黒先生は順番に各チームを巡りリーダー達に地図らしき紙を渡していく。

「――それじゃあ、今からスタートだ」

 

 † † †

 

 まだ陽も昇らぬ刻限。時刻は深夜十二時を回ったところ――。

 世界は闇に沈み、人々が動き出す時間にはまだ早い。

 冷えた空気が満ちる中、その息づかいだけが確かに闇の中をひしめいていた。

 生きる者達は気づかない。

 自分達の住む世界が、ゆっくりと異界に蝕まれていることに。

「ひッ、ヒィいいぃ―――ッ」

 暗鬱とした空に轟く悲鳴。

 そして人気のない路地を、物を蹴り飛ばしながら一目散に逃げる影があった。

 影は、二十代前半ほどのまだ年若い男で長身痩躯。短めに切り染め上げられた金髪。そして、耳朶や口元に痛々しく開けられた複数のピアスが、橙色の街灯に照らされるたび、彼の存在を主張するようにキラキラと瞬いた。

「なん、で……! なんで、こんなことになってるんだ!」

 青年は駆けながら誰に向けたものでもない、悲鳴の混じった問いを口にした。

 それはつい先刻(さつき)起きたこと。

 夜遅くに一人寂しく泣いている女がいた。

 真夜中に独りだけ佇んでいる状況に、一瞬だけ危ない女かと警戒したが、泣いている女の身形は悪くなく、正直好みの部類だった。だから、警戒心など一瞬で融解した。

 連れ込んでしまえばこちらのものだ、といつもと変わらない甘い考えで青年は女に言い寄ったのだ。なのに、

「なんなんだよ、あれは……!」

 特に、普段と変わった行動をしたわけでもない。

 声をかけ、誘い、適当に一夜遊ぶだけの後腐れないものだと思っていた。なのに――。

「あんなの、おかしいだろ……!」

 ガシャンとけたたましい音をたてて道路脇の鉄柵に手をかけると、青年は大きく息を吐いた。

 周囲を見回しても誰もいない。

 自分の息づかいと脈打つ心音しか聞こえない。

 いつの間にか喧騒だけが切り取られたかのように、ひっそりと鳴りを潜めていた。

「ははっ、此処までくればもう……」

 大丈夫だ、と安堵したその時だった。

「うぅ……、う……」

「…………!」

 背後から聞こえてきた暗い声に、思わず悲鳴をあげた。

 慌てて背後を振り返るも、そこに女の姿はない。

 当然だろう、女がいたあの場所から此処まで全速力で走ってきた。

 女が追いつける筈がない。

(なら、すぐ後ろで聞こえた声はなんだ……?)

 甘く濡れた声と涙で滲んだ瞳を思い出す。

 その姿は扇情的で惹きつけられた。

 なのに今は耳朶にこびり付いた声に肌が粟立ち、心臓は大きく鼓動を鳴らしている。

 拭えない焦燥と不安がジワジワと身体の中に満ちていく。

「気のせいだ。気のせいに、決まってる」

 引き攣った笑いが、不自然に青年の口から零れ落ちた。

「なんで、こんな空になってんだよ……」

 気づけば空は、黄昏色に染まっていた。

 時刻は深夜。

 そんな時間帯に、決してあり得ない空の色がそこには在った――。

「どう、なってんだ……?」

 自分に問いかけるように、迫る現実を拒絶する。

 けれど、現実は残酷だった。

 突き放したとばかり思っていた女が、気づけば目の前に立っていた。

 距離にして数メートル。

 けれど女は、両手で覆った顔の隙間から、ジッと男を見据えていた。

 その口許に、歪な微笑を浮かべながら……。

「みぃツ、けタ……」

 酷くたわんだ、機械音にも似た聲。

(嘘だ、夢だ、こんなの……)

 青年は思う。

 これは夢か、現実か、幻か。

 夢だと思いたい。だが身体に流れる感覚のすべてが、ソレを捉えて放さなかった。

 視覚が、聴覚が、嗅覚が、触覚が、味覚が。五感のすべてが犯される。おぞましい感覚に気が狂う。

「い、やだ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――――!」

 骨を、臓腑を、血管を、肉を、皮膚の内側を這い回る悪寒。

 鉄柵を握った手に、力が籠もる。

 それ以上近づくなと声を上げようとした男の首に、不意に何かが巻き付く。

 それは目の前の女から、不自然に伸びていた髪の毛だった。

 首を、緩やかにギリギリと締め上げてくるその感覚が、おぞましい。

「だ、誰か、ァ……」

 呻くような悲鳴を、喉奥から絞り出したその時だった。

 ギィン……!

 耳にしたことのないような、鋭い金属音が響いた直後、首の締め付けが緩まる。

 ドサリと尻餅をつき咳き込む最中、視界に飛び込んできたのは三つの影。

 そして目の前には、学生服姿の男女三人が女と対峙していた。

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