第4章 銘名と開花5
(日暮家では、それが当たり前だったのに……。不思議な先生だな)
先天的であれ後天的であれ〝開花〟をして当然――だが、齢十六となった今現在でも、僕には〝開花〟が一回もできていない。
普通であれば、苦言を言われることを覚悟していた。
けれど、それを責めないと目黒先生は言い放ったのだ。
(ただ〝転化〟ができるだけじゃ……意味がない筈なのに)
シャープペンシルを持つ手に力が籠もる。
今も黄昏刻の世界のどこかにいる兄――日暮こうを見つけるためにも〝開花〟は必須。
【そう焦るでないわ。焦ったところでロクな結果にはならんと、いつも言っておろうが】
(そう、だけど。でも……)
窘めるようなリツの言葉に思わず言い淀む。
【お前さんのことだ。焦れば、壊れる。そうなりたくないなら、まずは目先のできることから努めるがいいさ】
(…………)
リツの優しい言葉。
優しくて、時折厳しい現実を突きつけてくる言葉。
でも、実家にいた頃から変わらず僕のことを見てくれているのだと、実感できる言葉だった。
「さて〝開花〟については、一先ずいいだろう」
覚えることはまだまだごまんと在るのだから、と目黒先生は言う。
「次は、一番重要なことを話す。〝黄昏刻〟についてだ」
キュウとホワイトボードの表面を、赤い文字が躍る。
「〝黄昏刻〟について――答えられるか? 渋谷」
「はい」
次に渋谷と名前を呼ばれたのは、あの眼鏡を掛けた長身のクラスメイトだった。
「〝黄昏刻〟は、禍津者の巣窟だと訊いております。我々が目指す退禍師のみ知覚でき〝体感〟できる特別な時間帯と言えるでしょう。侵入するには道具を使っての侵入が一般的とされています。また万が一、一般人が〝黄昏刻〟の中に取り込まれた場合――高確率で助からないでしょう」
「……よし。まあ、最後のところ以外は概ね正解だ」
目黒先生は、コクリと一つ頷いた。
「〝黄昏刻〟は所場所構わず出現する。禍津者の気配を追うことに長けた奴なら気づけることもあるだろうが、まあ期待はするな。初めはみんな、そんなもんだ。だからこれから全員にある物を配る」
そう言うと目黒先生は、どこからともなく鞄を取り出した。
黒い革製の鞄を教卓の上に乗せ、僕達のほうに見せるように開ける。
その中には、僕にとって見慣れた物が入っていた。
「既に見たことある奴も何人かいるだろう。コイツがさっき渋谷が言った〝黄昏刻〟に侵入するための霊石――通称〝禍津石〟だ」
そう言うと、目黒先生は鞄の中に納められていた正八面体にカットされた結晶体を一つ摘まんで見せた。青緑と紫色が混合したような淡い独特の色味はどこか、蛍石を連想させる。
「次の授業は街の見回りを予定している。実際に〝黄昏刻〟の反応がどんなものか……この禍津石を使って確かめて貰う。覚悟しておけ」
そうして、目黒先生の話がちょうどよく区切られたその時、
キーンコーンカーンコーン……!
授業の終わりを付けるチャイムが鳴った。




