第4章 銘名と開花2
† † †
【少し無理やりじゃあないのかい。れん】
咎めるようなリツの声。
普段であれば反応するが、今は敢えて受け流す。
目の前にやって来た教師――目黒先生は帯刀していた。
恐らく昨夜、僕らと別れてからというもの退禍師としての仕事をこなしていたのだろう。
学園の裏庭にいるという話も、食堂で先輩達が話していたのを耳にしなければ、きっと来ることはなかった。
半信半疑だった情報……けれど今こうして目黒先生は目の前に現れた。
教師ではなく、退禍師――目黒龍臣として在る。
だからこそ、訊こうと思った。
「……目黒先生に訊きたいことがあるんです」
「なんだ」
まっすぐに見据え、言葉を紡ぐ。
それに対し目黒先生は応えてくれた。
「日暮こう……。この名前に聞き覚えはありませんか?」
「……!」
その名前を出した途端、目黒先生の表情に驚愕の色が滲む。
それも当然だろう。
退禍師としてなら、耳にしているであろう名前だからだ。
「日暮こうって、まさか……」
「はい。僕の兄です」
神式家同様、優秀な退禍師を輩出してきた日暮家。
その中でも、歴代随一の力を持つと謳われていた兄。
「日暮の名前を見た時から、まさかとは思っていたが……お前の兄だったのか」
「はい。自慢の兄でした」
僕の言葉から察したのだろう。
目黒先生は、呻くような声で問いかけてきた。
「まさか、まだなのか……?」
「……はい。まだ、戻ってきていません。あの黄昏刻の世界から」
稀に在る話だ。
退禍師の中でも、まるで神隠しにあったかのように『あちら側』から戻らない者がいる。
「だから、直接先生に訊きたくて……。兄の姿を黄昏刻の世界の中で見ませんでしたか?」
その問いに、目黒先生は暫く黙り込んだ後、ゆっくりと首を横に振った。
「すまないな。見ていない」
「そう、ですか……」
なんとなく、予想はしていた。
そう簡単に見つかる筈がないと……。
けれど、戦線に赴いている退禍師から直接話を訊きたかった。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる。
今は訊きたいことだけ訊ければ充分だった。
「その刀……お前、もしかして黄昏刻に侵入ってたのか?」
それは僕の刀――冥血と魂冥を見たからだろう。
問うてくる声は、厳しいものへと変化していた。
「……はい」
「何故だ? 侵入る方法も、まだ教えていない筈だ」
「僕は侵入れます。理由は言えませんが……」
「…………」
周囲の空気の温度が下がるのを感じる。
それは当然だろう。
知らず知らずのうちに、教え子が〝黄昏刻〟の中を行き来していると聞けば、教師という立場としても、退禍師としても都合が悪いだろう。
「……止めるつもりは?」
「ありません」
即答する。
「……チッ、面倒なガキだ」
溜め息まじりの呟き。
仮にも教師らしからぬ、目黒先生の素の言葉使いに思わず笑みが零れる。
「……日暮家の噂は色々流れてくる。お前も苦労してきたんだろうが……〝禁域〟にだけは勝手に侵入んじゃねぇぞ」
それは教師としてか、退禍師としてか。
どちらとも取れない忠告だった。
「安心してください。先生が思うような危険は犯しません。――〝爆花〟もしてしまいましたから」
「なんだと……?」
〝爆花〟した、という言葉に驚愕する目黒先生。
それもそうだろう。
あの後、リツから爆花について詳細を聞いた。
それは未熟な退禍師にも起こりうる一種の暴走行動だと――。
〝開花〟が不完全に行われた原因不明の行為だと――。
「まだ開花ができない以上は、行ける場所に限界があると聞いています」
だから安心してください、と呟く。
「チッ、そんなこと言われて、安心材料になると思うか?」
「…………」
それでも、見つけないといけない。たった独りで黄昏刻の中に揺蕩う兄のことを――。
それが、僕の役目だと思った。
「だがあの日暮家が……。よく出して貰えたな?」
呻くような目黒先生の問いかけ。それも、当然の疑問だと思った。
兄を含め、数多くの退禍師を輩出してきた名家――日暮家として、僕は忌むべき存在だ。
「このことは、内密にお願いします。日暮家としては汚点のようなものですから」
口許に指を添えると、敢えて悪戯っ子のような笑みを浮かべる。




