第3章 黄昏刻に潜むモノ12
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夜の帳を引き連れながら、訪れる慈悲なき時間――〝黄昏刻〟。
それは場所を選ぶことなく、ソレらはまるで黄昏刻の中から浮かび上がるように、ゾロリと悪鬼どもの行脚が始まる。
そして――そこに偶々居合わせた人間ほど不運なものはない。
悲鳴すら誰にも聞かれることもなく、為す術なく命を蹂躙されるのだから……。
対抗できるのはそう――退禍師しかいない。
それが唯一、人類の牙となり得る存在。
だが……、何事にも〝例外〟はある。
「……ッ、でかすぎる。なんだアレは」
その退禍師は、経験としては十数年と研鑽を積んできた玄人であった。
だがそんな中でも、今まで視たことないような大きさをした禍津者が目の前で蠢いていた。
その姿は醜悪で、硬い外殻に覆われ何本もの節足がゾロリと隙間から覗いている。加えて鎌のような鋭利な牙がガチリガチリと不穏な音を鳴らしていた。
「大百足……? だとしても、こんなこと……」
あり得ない、と一人吐き捨てる。
禍津者が群れをなすことは、過去にもいくつか事例がある。
だが何をキッカケに群れを成すかまでは解明されておらず、群れを成した場合、必ずその中心核の禍津者は肥大化するとされている。
だから群れの長がどの禍津者か見極めることなど容易なことだった。
――否、容易な筈だった。
「ぐっ、うううぅ……」
足元を無数の百足が這いずり回るおぞましい感覚。
加えて百足の毒により、身体が思い通りに言うことを聞いてくれない。
そんな歯痒さに身を捩り呻いたその時だった。
「可哀想にねぇ……」
哀れむ声が耳朶に届いた。
仲間かと、思わず声が聞こえたほうに視線を向けると男は愕然とした。
「仲間も先に逝っちまって、ただ独り……」
ソレは謳うように残酷な言葉を口にする。
「おまえ達が虫けら同然に扱ってきた連中に、蹂躙されて逝くのはどんな気分?」
滑稽だよね、とソレは整った顔に歪に穢れた笑みを浮かべる。
一瞬、人かと見間違う容姿――だけれど大百足の上に佇みこちらを真っ直ぐに見据える姿は、人ならざるモノだとすぐに判った。
「なんなんだ、貴様は……」
「なんだと思う?」
言葉の一つすら、揚げ足を取るように復唱する。
「当てられたら、止めてあげようか」
刹那、ミヂリ……ッと湿った音に紛れて何かが砕け、千切れた。
それは退禍刀を握っていた、男の腕。
まるで子どもが無邪気に虫けらをいたぶる時の様子に似ていた。
「あっははは……! 簡単に取れちまったよ?」
男の悲鳴が周囲に響き、血煙が散る。
だが目の前の名も無き青年はケラケラと歪んだ嗤い声を上げた。
「ゆっくりいたぶっても良いけど……嗚呼、アレを試してみるのも面白いかぁ」
そう言うと、目の前のソレは薄い唇を開き、詠唱を口にする。
「銘は白雪、名は雪花。今、汝の力を此処に解放せん」
刹那、閃光と共にその青年の手に収まっていたのは一本の退禍刀だった。
雪のように輝く美しい刀身は、この世の物とは思えない――白く穢れた色をしていた。
「その、詠唱――まさか……おまえは……」
驚愕に目を見開く。
目の前の人ならざる者の正体に察しがつき、口を開こうとしたその時だった。
「おっと、手が滑った」
刹那、音もなく瞬いた刀が男の首を切り飛ばす。
声帯を失った男の顔は、驚愕に見開かれたまま……ボタリと地面に落ちた。
「まるで椿が散り落ちる時のようだな……。そうは思わないか? 白姫」
視えない何かに語りかけるソレは、その口許に薄い嘲笑を浮かべた。
「もうそろそろ時間だ……戻ろうぜ」
チリンと鈴の音色が何処からともなく響く。
すると大百足がゆっくりと黄昏色の闇の中に融け始める。
蟲が消え、他の禍津者も消え、その場に残ったのは二つの影。
一つは年若い青年の姿をした何かと――白い鬼がそこには在った。




