第3章 黄昏刻に潜むモノ11
「けどさっき、お前は斬り付けてただろうが」
「……まぐれというか偶然だよ。とにかく、目標は達成したんだ。こんな場所、早く出よう」
「……そうするか」
夏生の意見に同意し、足早に秋葉さんのいる場所へと戻る。
「れ、れん君……夏生君……怪我はないですか?」
大振りの刀を大事そうに抱き締めながら、プルプルと震えている秋葉さんに苦笑する。
一人だったら、敵わなかっただろう。
説得もままならず、喰われていたかもしれない。
けれど二人のお陰で乗り越えられた。
そう――爆花などせず、能力を扱える二人のお陰で……。
「……。早く帰って休もうか」
密かに心の隅に降り積もる感情。
その存在を無視できないまま、今一度振り返り、対の蛇を見つめる。
対の蛇のうち、白蛇の尾に刻まれた痛々しい痕にどうしても目線が行ってしまう。
「爆花、か……」
吐息混じりに、小さく呟く。
あの時、切り裂いた感覚がまだ掌に残っている。
制御できた、とは言いがたい。その手応えはまるでない。
もしあのまま抑え込めていなかったら、と思うと内心ゾッとする。
(もっと、しっかりしないと……)
柄を握る掌に、密かに力を込めた。
『呪い舎』を後にし、そのまま寄り道をすることなく八百万学園へと戻ると、学園の門前に目黒先生が立っていた。
「おう、戻ってきたか。お前らのチームで最後だ。札は貼ってきたんだろうな?」
「はい。でも、そんなに遅かったんですね……すみません」
「なに謝ってんだ。……怪我してるんなら、保健室に行きやがれ」
「いえ、全員大きな怪我はありません」
「……そうか」
フゥと溜め息を吐く目黒先生。
その表情は暗闇ではっきりとは見えないが、何処か安堵しているように見えた。
「…………」
目黒先生は、僕ら生徒が帰ってくるまでずっと外で待っていたのだろうか。
そしてもし、帰って来ない生徒がいた時はどんな表情をするのだろう。
『自分の大切な存在にすり替わった時、危険が迫っていた時に護りきれなかった後悔だけは味わって欲しくねぇ』
出発前に目黒先生が語っていた言葉を思い出す。
「先生、あの……」
「なんだ? さっさと飯食ってこい」
ぶっきらぼうながらも、口から出てくる言葉は優しい。
「行こうぜ、れん」
「お腹空きました~」
食堂へ行こうと促す二人を待たせられないと思うと、そっと口を噤む。
(リツ……。今度、目黒先生に話してみる?)
【……。おまえさんが望むのなら、な】
「…………」
リツは止めなかった。
それは諦観からの言葉だろうか。声色からは判断できない。
「明日は休みだ。もし外出するんなら、今のうちに許可届けを出しとけよ」
学食へと向かう僕達へそんな言葉を投げかけると、目黒先生は一人暗闇に紛れるように消えていった。
「……それにしても、禍津者以外も出てくるなんて普通思うかよ。あの先公、無茶苦茶だ」
「え、えっと……そうかも、ですね」
「…………」
「……? れん君、どうかしましたか?」
先を歩く二人の背中を眺めながら、返事をできないままでいたその時だった。
秋葉さんが此方に振り返ると、不思議そうに問いかけてきた。
「実は、二人に話せていないことがあるんだ」
リーダーという役目だけではない。
二人の命を預かる以上、打ち明けない訳にはいかないと思った。
「二人とも、実はね――」
そう言うと僕は二人に〝開花〟が失敗したことを打ち明けていった。