第3章 黄昏刻に潜むモノ7
† † †
「なに、これ……」
それは、学園の三階の角部屋を開いた時に、思わず口から漏れ出た言葉だった。
板間や壁のシミどころか埃だって見当たらない。
つい最近できたばかりのように思えるほど整っていた。
「放置されてから何十年も経ってるって言ってたけど、本当……?」
外観のおどろおどろしさとは反対に、内装はとても綺麗だった。
【油断するな……。マヤカシを見せる禍津者なぞ、ごまんとおるぞ】
「そうだね……」
リツの忠告に、気を引き締める。
設置されたままの本棚や机の中を慎重に確かめていくも、それらしき物や鍵などはない。
【禍津者らの気配も、特に感じないのう】
「そうなんだけど……可笑しいよね」
呪物や呪具が置いてあるのなら、禍津者くらいいても可笑しくない筈――なのに、その片鱗さえも見当たらない。充分に部屋を調べると、次の教室へ。そしてまた別の教室へと同じ作業を繰り返していく。
「そう言えば……、秋葉さんは一人で大丈夫かな」
各自で分担して探すという話に対し、秋葉さんは快諾してくれたもののやはり女子一人というのは少しばかり心配になる。
「早めに僕らのところを終わらせて、秋葉さんと合流しようか」
【クカカッ、自分のことで精一杯だったあのれんが他人の心配とはのう。成長するものじゃ】
「……今まで出来なかった分、積極的に色々しようって決めたんだ」
そう、それは僕なりの決意の表れだった。
したくても出来なかったこと。
出来なくて悔しい思いをしたこと。
だから少しでも挽回したいと思っていた。
そうして三階のうち最後の部屋を確認しようとしたその時、ブルルッとマナーモードにしていた携帯が震えた。携帯を取り出すと、そこには夏生の名前――学校を出る時、互いに教え合っていて正解だと思った。
「もしもし。夏生?」
「れん、見つけたぞ。一階の最奥の部屋だ」
夏生の、緊張感の帯びた声が聞こえた。
「わかった。秋葉さんと合流して向かうから、先に行かないでね」
「……。行かねぇよ。いいから早く来い」
それだけ言って、一方的にブチリと通話を切られた。
相変わらずの反応に苦笑しながらも、二階を探索しているであろう秋葉さんのもとに行く。
小柄な秋葉さんの姿をすぐに見つけられるだろうかと懸念していると、いた。
人気のない教室の中を、夜目が利くと話していたのもあるだろう。
意外にも、テキパキと教室内を見回っていた。
「秋葉さん?」
「ひゃあわぁ……!」
突然声を掛けてしまったからだろうか。
秋葉さんはワタワタと可笑しな動きをしながら振り返った。
「れ、れん君? ど、どうしたですか?」
「夏生が入口を見つけたらしい。だから一緒に向かおう」
「は、はいです……!」
足早にやって来た秋葉さんの片手を握ると、夏生がいる一階へと向かう。
一階の職員室を通り過ぎ、校長室の傍まで来ると、暗闇の中に一人佇む夏生の姿があった。
「夏生、お待たせ」
「……応。この中、異常な感じがすると思って覗いたら案の定だ」
クイと顎で示してみせる夏生。
それにつられて校長室の中を見ると、大きな棚を動かした先に一枚――金属製の扉があり、開放されていた。
「夏生が開けたの? よく開いたね」
「いや。勝手に開いた」
「…………」
「……い、嫌な感じですね」
勝手に開いたというその言葉に、背筋に冷たいものが這う。
中に禍津者がいるのだろうか。
それにしては、それらしき気配は感じない。
暗い空間の中に、地下へと続くらしい石階段が長く延びているのが辛うじて見えた。
立ち止まっている訳にはいかない。
どうせ先に進まなければいけないのなら、自分の意志で進みたい。
手元にある冥血と魂冥の柄を握る。
「……。行こう」
そうして合図をすると、先導するように石階段を降りていった。