第3章 黄昏刻に潜むモノ6
「……着いた。此処だよ」
僕ら三人は、地図の通りに校外を歩き……ある学園へと辿り着いた。
繁華街から外れた高級住宅街の一角に在るそれは、一目見て廃校だと判るほど、人の気配や生活感という物が感じられなかった。
「不気味……というか、なんだか異質ですね……」
僕の言葉を代弁するかのように、秋葉さんが呟いた。
異様な雰囲気ではなく、異質なのだ。
その学園の周りだけ、一切住宅街が建っていない。
そして不気味なまでの静寂。
数十年前に廃棄された学園は、すぐに朽ちてしまっても可笑しくない筈なのに――まるで誰かが手入れをしているかのように何年も綺麗なままそこに在るのだという。
決して誰も立ち行かず、学校を壊そうとした業者はことごとく廃業しているが故に、その学校は別名『呪い舎』と近隣住民は呼んでいる。
そんな前情報を整理し二人に伝えながら、改めて学校を見上げた。
「禍津者らしき気配は、……多くはねぇな」
「けど、ナニかはいるよ」
「です、ね。私……夜目が利くほうなんですが、此処からでも禍津者の姿は人っ子一人見当たらないです」
キョロキョロと周囲を見回す秋葉さん。
「だがあの先公のことだ。きっとまた碌でもないことが起きる筈だ」
「はは……っ」
千石はよほど目黒先生のことが気に食わないのだろう。
「えっと……千石、と秋葉さんにして欲しいことがあるんだ」
リーダーとしてやるべきこと――まずは役割分担をしようと声を上げたその時だった。
「夏生でいい」
「え……?」
「苗字で呼ばれンの好きじゃねぇんだよ」
「ご、ごめん。それじゃあ……、夏生。これから宜しく」
「……応」
ぶっきらぼうながらも、きちんと『会話』をしてくれる夏生に内心微笑みながらも、近隣住民に見られないよう学園の門をくぐると古ぼけた木製扉の前まで行く。錆び一つない新品のような鎖を音もなく外すと、中へと滑り込んだ。
【クカカッ、充分……不法侵入じゃと思うがなぁ】
(う……)
内心確かにと同意する。けれど、今はその言葉は気にしないことにした。
「……それじゃあ、改めて。夏生と秋葉さんに説明していくね」
学園の地図を二人にも見えやすいよう広げる。
学園は三階まであり、今回の目的としては部屋の何処かにあるという呪物を見つけることが第一の課題だ。恐らく他の生徒も同様に、呪物が納められた祠を各所で捜している筈だ。
そこに改めて結界を施すこと、それが二つ目の課題であり今回の最終目的だ。
「あの、でも、置いてあるのは呪物なんでしょう? どうして回収しないんでしょう……?」
秋葉さんの疑問も最もだ。
けれど、回収しない……否、できない理由もある。
たとえばその土地に深く根付いている物、大きさから動かせない物など理由は様々だ。
「呪物と言えば聞こえは悪ィが、もとは神社に祀られてた由緒ある神具なんだろうよ」
僕の言葉を代弁するように、夏生が呟く。
「来るまでの間、ここら辺りの住宅街を見たか? 区画整備もされて嫌でも解りやすい。何処の馬鹿が強行したのか知らねぇケド、区画整備だなんだ進める時に、その土地にある神仏の類いをどうこうしたんだろうさ」
稀にある、胸くそ悪い話だと夏生は吐き捨てる。
そう、悲しいかな――古来より人間を護ってきた地蔵尊やらそれに類するモノ達は、本来であれば敬い奉り正式な場所へと移り住んで貰うのが当然だ。
だが一部の心ない人間の手によって不当な扱いをする。
そんなことをすれば結界が壊れ、村境などを護っていたモノがなくなれば〝禍津者〟どもの活発化や、呪いが振りまかれても可笑しい理由はない。
「じゃあ、手分けして入口を見つけるか」
「ああ」
「が、頑張ります」
各々言うや否や、手元に提げていた竹刀袋の紐を解く。
そこには鋼針と呼ぶ金属製の棒が収められていた。
「銘は幽冥、名は冥血――魄冥」
自然と頭に浮かぶ詠唱を口にする。
「今、汝の力を此処に解放せん!」
閃光とともに鋼針が甲高い音を立てる。直後、
キン…………ッ!
僕の刀は、一対の紅い刀身を持つ刀へと変化していた。
(ふぅ、できた……)
上手く転化させられたことに安堵しているのも束の間、ふと耳に届く音があった。
「銘は赤羽、名は烈火。今、汝の力を此処に解放せん……!」
澄んだ声と同時に、紡がれた詠唱。
それは一本の大振りな刀に転化した。
秋葉さんのような小柄な女性が振るには、あまりにも不釣り合いな代物。
けれどそれを軽々と、重さなど感じていないかのように正眼に構える姿は勇ましささえ感じさせた。
「銘は黒雨、名は刻水。今、汝の力を此処に解放せん――」
沈み落ち着いた声音。けれど芯の強さを宿した詠唱が鳴り響く。
やや細身の長い太刀へと転化したソレを構える姿は、一介の武士のようで頼もしい。
昨日の戦闘時にも見せてくれた、夏生の立ち姿は既に型として洗練されたモノだった。
(やっぱり……)
他のクラスメイトとは何かが違う。
そう思わせる夏生の姿に、思わず背筋がシャンと伸びる。
「じゃあ、俺は一階を見てくる」
「なら、わたしは二階にしますね」
「うん、宜しく。何か見つけても、くれぐれも深追いはしないでね」
【私らは三階か。行こうかのう、れん】
(そうだね、行こう……!)
そう促され、僕は三階へと向かった。
冥血――魄冥。
烈火。
刻水。
それが僕らの分身――護るための、もう一つの自分だった。