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「あたし」

缶コーヒーにオシオキを

作者: XI

*****


 百式(ひゃくしき)君はあたしに「逃げろ!」と叫んだ。そんなふうにほざきやがるのはもういったい何人目?


 見た目はカワウソに過ぎない――でも凶悪なまでに巨大で仲間を次々に襲う。そのへんの得物なんてものともしない。そういった「異形」から市民を守る立場だけれど、どうしようもないことはままある。


 百式君が食われた、カワウソに。もはやデッドエンドでいいと思った。もうたくさんだ。相棒が死ぬのは見ていられない。


 なのにあたしは逃げてしまった。カワウソにガブガブされる相棒をほっぽって、とんずらこいてしまった。誰かあたしの間違いを正してほしい。



*****


 自宅のテラスでサンドイッチを食べていた。さっき洗面所で鏡を覗いたら目が真っ赤だった。どれだけ泣いたの? 酔って寝てしまったあたしにぜひ質問したい。


 ケータイに連絡。

 管理官からだ。


 「なんですか?」と問うと「あら、怒っているの?」と癪に障る挨拶があった。


「死にましたよ、百式君。あたしの相棒はほんと、死ぬんだ」

「あなたを守ってのことでしょう?」


 ぐうの音も出ない。

 泣きたくてくしゃくしゃになった顔を右手で覆った。


「いい加減、辞めます。これ以上は堪えられない」

「そうすることは、彼らに対して失礼にあたる」


 あたしはカッとなり「ふざけんな!」と声を荒らげた。


「過去は過去。未来を見ろ。管理官、それくらいわかってる!」

「『異形』を失くさないと、この世に平和は訪れない」

「なら、アメリカにもイギリスにも、あたしと同じ思いをしている女がいるんですかぁ?」

「いるかもしれないわね」

「なにを簡単にっ」

「あなたの苦悩は尊い。職務に励みなさい」


 強い言葉を強い口調で述べるから、あたしは管理官に逆らえないんだ。


「出勤します。だけど、もう新しい相棒は――」

「残念ね、飛鳥(あすか)。どうしたっているのよ。美人の写真を見せれば食いついてくる(やから)は」

「そんな奴を迎えろって言うんですか?」

「バディになりたい。その動機はそんなものだと思うけど?」


 あたしは涙を流してやまない目をごしごしとこすった。


「次はあたしがバディのために死んでやります」

「無理よ」

「なぜですか?」

「己で考えなさい」


 電話が切れた。

 管理官は好きになれない――なんて言ったところで始まらない。


 テーブルの上の缶コーヒーを手に取る、口をつける、まずい。

 オシオキにこの空き缶は灰皿にしてやろう。


 思う。


 退いても、媚びても、省みてもいけない。


 だったら前に進むしか――。


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― 新着の感想 ―
[良い点] すごくシリアスなお話なのに、「カワウソにガブガブ」という表現が可愛くて(笑) でも、本物のカワウソが魚を食べる時の姿や表情も凶悪ですよね…… 動物番組では彼らの食事シーンに、いつもホラ…
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