缶コーヒーにオシオキを
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百式君はあたしに「逃げろ!」と叫んだ。そんなふうにほざきやがるのはもういったい何人目?
見た目はカワウソに過ぎない――でも凶悪なまでに巨大で仲間を次々に襲う。そのへんの得物なんてものともしない。そういった「異形」から市民を守る立場だけれど、どうしようもないことはままある。
百式君が食われた、カワウソに。もはやデッドエンドでいいと思った。もうたくさんだ。相棒が死ぬのは見ていられない。
なのにあたしは逃げてしまった。カワウソにガブガブされる相棒をほっぽって、とんずらこいてしまった。誰かあたしの間違いを正してほしい。
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自宅のテラスでサンドイッチを食べていた。さっき洗面所で鏡を覗いたら目が真っ赤だった。どれだけ泣いたの? 酔って寝てしまったあたしにぜひ質問したい。
ケータイに連絡。
管理官からだ。
「なんですか?」と問うと「あら、怒っているの?」と癪に障る挨拶があった。
「死にましたよ、百式君。あたしの相棒はほんと、死ぬんだ」
「あなたを守ってのことでしょう?」
ぐうの音も出ない。
泣きたくてくしゃくしゃになった顔を右手で覆った。
「いい加減、辞めます。これ以上は堪えられない」
「そうすることは、彼らに対して失礼にあたる」
あたしはカッとなり「ふざけんな!」と声を荒らげた。
「過去は過去。未来を見ろ。管理官、それくらいわかってる!」
「『異形』を失くさないと、この世に平和は訪れない」
「なら、アメリカにもイギリスにも、あたしと同じ思いをしている女がいるんですかぁ?」
「いるかもしれないわね」
「なにを簡単にっ」
「あなたの苦悩は尊い。職務に励みなさい」
強い言葉を強い口調で述べるから、あたしは管理官に逆らえないんだ。
「出勤します。だけど、もう新しい相棒は――」
「残念ね、飛鳥。どうしたっているのよ。美人の写真を見せれば食いついてくる輩は」
「そんな奴を迎えろって言うんですか?」
「バディになりたい。その動機はそんなものだと思うけど?」
あたしは涙を流してやまない目をごしごしとこすった。
「次はあたしがバディのために死んでやります」
「無理よ」
「なぜですか?」
「己で考えなさい」
電話が切れた。
管理官は好きになれない――なんて言ったところで始まらない。
テーブルの上の缶コーヒーを手に取る、口をつける、まずい。
オシオキにこの空き缶は灰皿にしてやろう。
思う。
退いても、媚びても、省みてもいけない。
だったら前に進むしか――。