旅行中の祖父から電話があったので
夕食の食器を洗い終えると、謙吾の家の電話が鳴った。祖父からであった。宿に着き、ごちそうを食べたのだそうだ。
「どぉら? 変わりはねぇか?」
との問いかけに、「今朝姿を見ているじゃん」とか「変わりがあるのは隣り近所なんだけど」とかと答えるのも憚られたが、よくよく考えなくとも、地元のことを砂の数まで知っているのではないかと思われ、しかも、当たり障りなく訊くには絶好の相手である。
「じいちゃん、一つ訊きたいことがあるんだけどさ。この辺て、イルカが打ち上がったことある?」
孫の質問に、酒で陽気になっている老人は受話器の向こうでやかましい声で答える。
「ああ、昔はたまに来とったな。集落の者で押して海に帰したりしとったな。何や? 見たのんか?」
「いや、最近ニュースで深海魚とかいろんなのが打ち上がったり、水揚げされたりしているから、そんなこともあんのかなと」
「あるある。いろんなもんが浜に上がるからのぉ。イルカが生きて揚がる時は、まってのぉ吉兆だっちゅうて、昔から。じゃあ戸締り頼むわ」
したたかに酔っている祖父は、そこで電話を切ってしまった。
受話器を置いた。リビングの開けっぱなしの窓の網戸から真新しい隣家の灯りが見えた。
「吉兆ねぇ……」
“トクッ トクッ トクッ”
謙吾の手は胸に当たらなかった。その代わりに頭を掻いて、自分がそんなことを呟いているとも知らない様子で、自室に戻って勉強をすることにした。