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Splash!!  作者: 金子ふみよ
第一章
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イルカは語る

 イルカを浴室へと案内し、水を満々と張った湯船に塩を入れた。規格外とはいえ、イルカはイルカ。海水に近い条件の方が生存には適しているはずだと、謙吾なりの気遣いである。地上で呼吸をしている段階で、生態云々にすでに懸念をした方がいいのだが。

 イルカを湯船に入れ、キッチンから戻ると、からの力が抜けた。イルカは銭湯に浸かってすっかりくつろいだおっさん風で、彼は食器を乗せたトレーを落としそうになるくらいに。

 浴槽の蓋を半分被せ、そこにごはん、味噌汁、焼鮭、切ったトマト、おひたし、漬物を並べたザ・和食を置いた。何でもかまわないと言うから、祖母が作り置きしておいてくれた朝食をそのまま出したのだが、

 ――どうやって食うんだ? 俺が食わした方がいいのかな

 謙吾の疑問は、瞬殺に払しょくされた。イルカは箸を平面な鰭できちんと使っていたのである。

 ちなみに、しゃべるイルカをためらいなく招き入れられたのには理由がある。現在、この家には謙吾しかいない。そのうえここが謙吾の生来の実家と言うわけでもない。元々はこの島とフェリーでつながる地方都市に両親とともに住んでいたのだが、父親の転勤に母親がついて行き、謙吾は本人の希望もあって、春先から父親の実家である祖父母のこの家で寝起きをしていた。

 保護者であるはずの、その祖父母は早朝のフェリーに乗船した。旅行にでかけたのである。祖父母はちょくちょく出かけてしまうので、半分は一人暮らし気分も味わえていた。今朝は祖父母を見送ろうと、日の出前に起きていて、出立を見届けた後、散歩にでも出かけようとした際に遭遇したのだった、あれに。

「なんかシュールだな」

 朝も早よから玄関に突っ伏していたイルカが、人間の言葉を話しながら風呂に浸かりつつ、箸を使って和食を食べている。それくらいの感想も漏れる。

「何がだ?」

「なんでもねぇよ」

 謙吾のそんな心象などには気付いていないだろうイルカは完食の合掌をした。

「美味かったぞ。えっと……お前の名は?」

「俺か? 龍宮謙吾」

「そうか……タツミヤ?……。まあよい、ケンゴよ。特にこの味噌汁の出汁のとり方は絶品だな。これは良い昆布と魚を使っているな」

「いや、ばあちゃんが作ってから、俺はよく知らんが。……呼び捨てかよ。それよか、何でお前家の前にいたんだよ」

「散歩だ」

「アッ、ソウ」

 イルカが地上を闊歩するようなことはあるはずはない。その返答をまともに受け止めるよりも、現前のイルカを早く海へ戻すに限る。限るのだが、問題が残る。

「腹も膨れたことだ。海になら、自力で行ける」

 こともなげにイルカが言い出した。

「いや、人間社会的にダメなんだよ。こんな日が昇った時間帯に、イルカが立って通行しているなんてなったら、メディア大騒動になっちまう」

「私はかまわんのだがな」

 イルカがかまわなくても、人間はかまうのである。杞憂だとしても、慎重と用心に越したことはない。集落の人達は朝が早い。専業農家でもないのに、朝六時に畑作業に出るのを「遅い」と断じるくらいの人達である。とっくにそこいらを歩いていることが予想される。先程人通りがなかったのが幸いなのだ。見つかれば、ワールドワイドにグローバルなネット社会で動画再生回数の桁が計り知れなくなるくらいならまだいい方で、捕獲されてしまえば水族館が人間で大魚の群れになりかねない。

「夜、人気がなくなったら、連れてくから、今日は大人しくここに浸かっていてくれないか? 狭くて申し訳ないが」

 頭を掻きながらの提案。

「かまわない。ケンゴよ、お前の考えに従ってやろう」

 従順を示している割に偉そうな物言いである。

 すっかりくつろぎモードのイルカを浴室に放置し、食器を片した。イルカに自分の分を食わせたために、冷蔵庫からマーガリン入りのロールパンと牛乳を取り出し、ありあわせの朝食をした。リビングのテレビには県内ニュースが流れる。浴室から物音が一つもしないからやや気になりつつも、それをぼんやり見ていると、ハッとさせられる話題になった。

「昨日、両津漁港でダイオウイカが水揚げされました……」

 カグラザメやユウレイイカなどの深海魚も最近になって度々網に引っ掛かったり、目撃されたりしているとも淡々とカメラ目線で追加するキャスター。

 謙吾は、否応なく一つ屋根の下の生物がいる方に横目を向けた。

「でも、しゃべるか?」

 イルカが音波を出して対象物の距離や位置を確かめたり、独特な言語でコミュニケーションをしたりするなど、その知能レベルが非常に高いことは知っていたが、流暢に日本語を話すというのは、非常識のレベルが段違いだ。

 その余韻に浸る間もなく、テレビ画面の上端に映る時刻が、食事もそこそこに謙吾を立ち上がらせた。高校三年の彼にとっては、夏休みは昨年までの、休日の長い連続を意味するものではなくなっていた。大学受験に備えた夏季の特別講習があり、学期と変わらぬ登校をしなければならなかったからだった。

 浴室にいるイルカにその旨を伝え、玄関を出る。見慣れた地面が、謙吾には妙に味気なく見えた。


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