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サマーナイトパーティ  作者: 言葉(ことは)
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第7話 粋な誘い

「それで、どうするか決めたのか?」


 結露したグラスに入っているアイスコーヒーをストローで吸い上げた直後に僕は聞いた。「さくら」で僕たちが注文するのは決まって僕がアイスコーヒー、小吉がカフェラテだ。しかし今日は珍しく小吉もアイスコーヒーを注文している。あの日から3日経った。その間僕たちは会っていなかったが、小吉の中で苦味を摂取したくなるような心境の変化か、何か思うところがあったのかもしれない。


「正直、迷ってる」小吉は冷静沈着だ。

「そっか」こう言う時には僕も同じようなテンションで話をする。

 いつもの屁理屈満載の小吉も悪くないが、こういう涼しい表情で淡々と話す小吉もまた大人っぽく見えて好印象だった。元来小吉は黙っていれば落ち着いているし目鼻立ちもそこそこ整っているし、憎いことに身長も高いため、印象は悪くないのだ。話せば話すほど鼻につくところが出てくるが、それも含めて僕は小吉という人間は面白いと思っている。


「あの男のことはいまだ信じられないが、何か妙な興味を唆られるんだ」目を合わせずに空を見つめたままそう呟く。

「うん、何となくわかるよ」僕も思ったことをそのまま口にする。


 あの賀茂という男がなぜ小吉をスカウトしてきたのかは全くわからないがその誘いに対する答えを即座に答えられるようなものではないような気はしていた。これが「私のいう通りにやれば絶対に儲かりますよ、ぜひ我々と一緒に新ビジネスをやりましょう」みたいなノリの誘いだったとしたら最後まで聞くまでもなく拒否するに決まっているのだが、あの男はあくまでも小吉に決断を委ねてきている。怪しい仕事の誘いなのは違いないのかもしれないが、100パーセント疑いを持ってしまうような誘いではないのだ。これもあの男の醸し出す雰囲気というかオーラというか、そういうものに少しなりとも惹かれている証拠なのかもしれない。それに何より、あの男が小吉を誘った理由、思考力とセンスに関しては僕も同じようなことを感じていた。小吉には人には気づかない、もしくは気づいてもそれ以上考えようとしない、何か特別なものが見えているような気がする。それを短い時間で見抜いたあの男に興味があるのかもしれない。怪しい誘いには違いないのだが、粋な誘いのようにも見えてしまう。側から見ている僕がそうなのだから、小吉はより痛切に感じているのかもしれない。


「とりあえず行ってみたらどうかな?あの調子だったら、やっぱりやめときますって言ったとしてもはいそうですか、とか言われて終わりそうだし」

「うん、それはそうなんだけど」小吉は窓の外をぼーっとみながら頬杖をついている。些か思考が回っていないようにも見える。

「自信がないんだ」

「自信?」僕が耳にしたのは意外な言葉だった。

「あぁ、俺は今まで探偵なんてしたことがないし、あの男が言っていたような資質があるなんて全く思わない。これで試しにやってみて全く使い物にならなかったらどうしよう、なんて考えちゃって。そんなに期待もされていないんだろうけど。無駄に傷付きたくはないよな」

 そう、小吉は決して強い人間ではないのだ。弱音だって吐くし愚痴だってこぼす、だからこそ屁理屈が山のように出てくると言ってもいい。だから小吉のこの発言は理解できる。理解はできたが、なんて返せばいいか、その言葉を僕の乏しいボキャブラリー引き出しから探していた。

「無駄に傷つくくらいなら、最初からなにもしたくない。それに、お前とも会えなくなるかもしれないし・・・」

 小吉のその言葉は嫌な発言ではなかったのだが、どこか僕の心に引っかかった。


「僕とはいつだって会えるだろ。少しくらい会えなくても、なにも変わらないさ。僕は当事者じゃないし、小吉でもないから、完全には気持ちを察してはあげられないけど・・・できるかどうかは考えなくてもいいんじゃないかな。あの人はやってみるかどうか、それだけを聞いてきた。だから、それだけ答えればいいんだよ。それでもしできなくても、できるかどうかは問われていない、っていつもの屁理屈節で返してやればいいんじゃないかな」


 小吉は僕の顔を見ながら目から鱗という言葉がお似合いな面白い表情を浮かべていた。そんな革新的なことを言ったかな。

「そうだな。俺、決めたよ。やってみる。」


「そっか」椅子の背もたれに体を預けながらそう呟いた。ほんの少しだけ、寂しさが募った。


「あと、もう一つ決めた。大知、お前も連れていく。」小吉がニヒルな笑顔を浮かべながらそう言った。


「は?」


「やっぱろ俺はお前の方が屁理屈力があると思う。特に土壇場になればなるほどな。あの男が俺に見出したものよりもさらに強い何かが、お前にはあると思う。だからお前も連れていく。」


「いや、でも誘われたのは小吉だけだったじゃねえか」

「それこそ、お前を誘っていないとは言っていなかっただろ?」

 小吉はすっかりいつもの調子に戻っていた。これはもう誰がなにを言っても変わらないだろう。


「どうなっても知らねえぞ」

「望むところだ」


 僕の心はドキドキとワクワク、ほんの少しの不安が介在していたが、驚くほど落ち着いていた。




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