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井杭の段

井杭(いぐい)の段

――もう、私の居場所を当てる事はできまい。ならば少し、弄ってやろう――

 井杭(いぐい)は、算置(さんおき)に反撃に出る事にした。

 自分の姿は見えないのだから、大丈夫だ。

 あの澄まし顔の算置(さんおき)に、普段から頭を叩く旦那様。二人とも目に物を見せてやろう。


「旦那様、何か御手に触りましたか?」

「何も触らぬ」

 井杭(いぐい)の場所を探す二人を尻目に井杭(いぐい)は行動を開始する。


「これは算が合わぬ事こそ道理でござる。算木(さんぎ)数多(あまた)ござらぬ」

 算置(さんおき)は自身が目を離した隙に算木(さんぎ)を盗まれていることに気付く。

 算置(さんおき)もこの不思議な事態に旦那への不信感を覚えた。


「かかる事態。さては旦那様。お暇なのを良い事に算置(さんおき)(もてあそ)んでいるのでござるな!!」

「その様な事をするものか。そなたの算が下手なだけじゃ! とっとと仕舞して帰れ」

「一本足らいでもなりませぬ。早う算木(さんぎ)を返して下され!」

 二人の間に剣呑(けんのん)な気配が漂う。そうしていると――


――コツン!


 音がした方を二人が見ると、そこには算木(さんぎ)が一本だけ落ちていた。


「それ。そこに算木(さんぎ)があるではないか。さあさあ。とっとと仕舞して帰れ!」

「旦那様。こんな御無体な真似をせずとも――」


――コツン!


 また一本の算木(さんぎ)が、今度は算置(さんおき)の目の前にあった。


「合点がいかぬ。算木(さんぎ)が何故ここに?」

「ほれほれ。ここにもあるではないか!」

 算置(さんおき)が不思議がっている間にも、旦那の前にまた別の算木(さんぎ)が現れる。

 その後も時間差で、次から次へと算木(さんぎ)が現れた。


――ハハハハハ、これは面白い。笑いを(こら)えるのが、しんどい!!――

 井杭(いぐい)は大人二人の慌てふためく様子に、胸がすく思いであった。

 しかしまだだ。まだ足りない。

 後、もう一つは捻りが欲しい。ダメ押しが欲しい。


――そうだ。二人に喧嘩をさせてやろう――

 井杭(いぐい)、その笑みは無邪気とは程遠かった。


――さあ旦那様。これが日頃の鬱憤(うっぷん)となります。……喰らえ!――

 井杭(いぐい)は旦那の鼻を、思いっきり引っ張る。


「あ、痛。痛い痛い痛い。……やい。やい。そこの算置(さんおき)!!」

「何事でござる?」

「おのれ、諸侍の鼻を引いたな!!」

「何、鼻を引いたと? ……ハハハハ、旦那様が仕舞って帰れと言われるので、ここで算木(さんぎ)を仕舞しております。それには手をやる事ができませぬ」

「何を!!」

 旦那は顔を真っ赤にして算置(さんおき)を睨む。


――旦那様はいい感じだな。これは怒っている。では算置(さんおき)殿、そなたもだ!――

 井杭(いぐい)算置(さんおき)の耳を、思いっきり引っ張る。


「ハハハハ。(たわむ)れはほどほどになさいませ。……あ、痛!! 痛った! 痛ったい。……おい、おい、そこの人!!」

「何事じゃ!?」

「そなたは我が耳を引かせられたな!!」

「何。それがしがそなたの耳を引いたと!? ……ハハハ、何を言っているのじゃ。それがしはここに居て、そなたに手をやれる筈がなかろう!」

「何を! そなたのせいで!!」

――ハハハ、二人とも怒れ怒れ!!――

 井杭(いぐい)は二人に姿が見えない事を良い事に、扇を振り上げた。そして――


――パシン!――

「あ、痛! おのれ、諸侍を殴るとは!!」

「さっきから訳の分からぬ事を! 算木(さんぎ)の袋を閉めていた我が手が、そなたを殴れる筈がなかろう!!」


――パシン!――

「あ、痛!! くう!」

――パシン!――

「あ、痛!! 痛い痛い!」

――パシン!――

「あ、痛!! 痛い痛い!」


――オラオラオラァ。これが日頃の恨みじゃぁ!!――

 井杭(いぐい)は調子に乗りに乗って、にらみ合う二人に扇で殴打を繰り返す。


「おのれ、もはや堪忍ならぬ! この曲者が。いざ果たし合おう!!」

「望む所でござる!!」

旦那と算置(さんおき)は互いの胸座(むなぐら)を掴みあう。


――ふふ、フフフフ、フハハハハハハ。もう最高。最高に面白い。観世音様ありがとうございます。もう満足です。何も知らない二人が本当に喧嘩を始めるのが、もう最高に満足です――

 井杭(いぐい)は、それはもう痛快な、良い、気分であった。


「ええい。この狼藉者(ろうぜきもの)め!!」

「何ぃ! 自分の事を棚に上げておいて!!」

しかし、二人の喧嘩は益々激しさを増し、のっぴきならないものとなる。

予想以上の事態に井杭(いぐい)は少し冷静になる。


――あ、これ以上は不味いな。実に不味い。……ちょっと、やり過ぎたかなぁ。仕方がないか。これは、私が出るしか、あるまい――


「ぬおぉ!!」

「くぅぅ!!」

 二人は目を真っ赤にして拳を振り上げた。


「待ってください! 暴力は止めましょう!!」

 井杭(いぐい)は、どの口がぬかすかと言われそうな事を、ぬけぬけと(のたま)いながら、喧嘩する二人に訴えかけた。


「!? 何者かの声が聞こえる」

「声はすれども姿は見えぬ!?」

 二人は手を止め、辺りを見回す。


「お尋ねの井杭(いぐい)は、ここにござる!!」

 井杭(いぐい)は姿を消す不思議な頭巾を取り、二人の前に姿を現す。

そして二人は全てを理解した。


「「全部、貴様かぁ!!」」

「ゴメンなさぁい!!」

「「待てぇい!! この、横着者がぁ!!」」

 井杭(いぐい)は必死の形相で追いかけてくる二人から一目散に逃げだした。


 果たして井杭(いぐい)の悩みは解決されたのか? 観世音菩薩の本懐は何処に?

 それは分かりませぬ。


今はこれにて。さらばでござる!!



これで実質的な話は終わりでござる。

この後に続くのはただの解説にござる。

ご機嫌が斜めでなければ高評価、ブックマークをよろしくお願いするのでござる。

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