転生賢者は逃げたい。
前に書いた短編の続編を思いつきで書いてみました。
あいかわらず、拙い作品ですが、よろしくお願いします。
ちょっとだけ補足。
ゼニウス・ザザ 後始末人を選んでこの施設を作ったこの世界の神様。
一応、この世界で一番偉い神様のはず。
彼女 死後、ゼニウス・ザザに選ばれてしまった後始末請負人。
生前もなにかとバカの後始末を押し付けられてきた。
その男は門の前に立って大声で叫んだ。
「私を助けてください。門を開けてくださいませんか!」
そびえたつような大きな門の向こうはいわゆる転生とか転移とか召喚とかで異世界からやってきた悪役令嬢やらヒロインやら勇者やらがこの世界で何かをやらかしたときに更生やら後始末をしてくれる施設である。
そこへやってきたのは疲れ果てた様子の一人の男だった。
ずいぶんと長いこと歩いてきたのか、靴はボロボロでマントもところどころほつれているいる。
穴が開いたものを繕った様子も見られた。
大きな大きな特殊な木と鉄でできたその門は要塞のようなその施設のたった一つの入り口。
叫んだところで中の人に聞こえるとは思えない高いその門の前で男はさらに叫んだ。
「私を、私を助けてください!!!」
やはり駄目か・・・門が開く気配はしない。
こうなったら、ここで野宿をして、あの馬車が来るまで待とう。
そう思って長期戦も覚悟の上で門の前に座り込もうとしたところ。
「あー、ふつーの人ならこっちの通用門にしてくれなぁい?」
急に声をかけられ、慌てて振り向くと、黒い執事服というか、どこかホストっぽい気崩した黒服を着た、これまたどうにも安っぽいブリーチのような茶髪の男がいた。
どう対応していいやらわからず、黙って突っ立っていると
「この門ね、やらかした奴専用。そうじゃない人はこっちの通用門に来てね。」
親指でクイッと指さしたのは小さな馬車がやっと入るかという感じの門だった。
(さっきまであんな門、なかったはずでは?)
彼には急にその門が出現したように見えた。
いぶかしげにする男を全く無視して茶髪男がこっちこっちと手招きをして門の中へ歩いて行く。
二人が中へ入るとひとりでに門はぴったりと閉まった。
すると大門の一部のようになり、どこがあの門だったのかわからなくなっていた。
小さな門を探すように凝視していると
「ちゃーんと見たら、つなぎ目とかわかるじゃん?大っきい方ばっか見てたらダメってことだって。」
ヘラヘラと笑いながら茶髪男が誰かからの受け売りを教えてくれたが、説明されてもやはり、つなぎ目はよくわからなかった。
門の反対側、中には美しい庭園が広がっていた。
少し遠くに大きな建物が見える。茶髪男はその建物のどこかを指さし、
「あそこ!、所長のとこに案内すっから!
ちょっと走って行くよ。はぐれんなよぉ! ヒァウィゴォ!」
と、突然、その美しい庭園の道を走り出した。
訳が分からないのだが、とにかく必死で彼の後を走ってついていく。
しかし疲れ切っている彼は茶髪男に何度も置いてかれそうになる。
そのたび、
「なに? もう走るのつらたにえん?」
と不可思議な言葉をかけられた。
少し遅れたが、なんとか、建物の入り口に到着した。
息を切らしながら玄関らしき大きく美しい扉を見ていると音もなくゆっくりと開いた。
そこはなぜか、エントランスはなく、すぐに長い廊下が続いていた。
「さ、廊下は走っちゃいけナイトプールだけど、遅くなるとメチャやばたにえんだから、ちょい急いでね。」
茶髪男がさっさと早歩きで廊下を進んでいくのにこれまた、必死でついて行った。
しばらくまっすぐに進むと、とりわけ豪奢な扉の前で立ち止まり、茶髪男が急に背筋を伸ばし、襟を正した。
「所長、御目通りお願いいたします。遠き場所よりお尋ねの方のようです。」
改まった声でそう告げ、4度のノックをする。
今までと全く違う声音と様子に面食らっていると、扉の向こうから
「お入りなさい。」
と凛とした女性の声がし、これまた、ひとりでに扉が開いた。
促されるままに彼が中に入ると茶髪男は入ってこず、そのまま扉は閉まった。
中には妙齢の女性が一人。
逆光なのだろうか、顔はよくわからないが、落ち着いた声で話しかけられた。
「ようこそ、遠いところからお疲れ様でした。
まずは荷物をおいて、そこへお掛けなさい。」
簡素だが、機能美にあふれたソファーセットを指さされ、言われるがままに荷物をソファの横へ置いて座った。
座ってから自分がボロボロで汚れているのを思い出し、すぐに立ち上がる。
すると、
「汚れてても大丈夫です。構いませんから、お座りなさい。
そして、話をする前にまずはお茶でもお飲みましょう。」
そう言われて、またソファーにかけなおした。
するとどこからともなく、機械仕掛けのようなワゴンが側へやってきた。
上には二人分の紅茶が用意されていた。
ティーカップを優雅に手にし、ゆっくりと彼女はこちらへやってきて、一つを彼の前に置いた。
そしてもう一つのティーカップを持ったまま、向かいのソファーに座り、優雅にお茶を飲んだ。
それを見て、彼もお茶を飲む、少し温めのお茶はほどよく甘く、疲れた体には心地よかった。
「少しは落ち着きましたか?」
ちょうどお茶を飲みほしたタイミングでそう聞かれ、ここへやってきた目的を話さねばと前のめりになる。
「大丈夫、ゆっくりでいいのです。ここはきっとあなたを助けられますから。」
やんわりと制するように言われ、もう一度ソファに掛けなおし、彼は話し始めた。
実は彼、転生者であった。
幼いころより、不思議な前世の記憶があったが、それも断片的でなんとなく夢物語のようだった。
馬のいない馬車や空を飛ぶ乗り物、不思議な服装の人々が群れのように歩く様子、夜でも明るい店など。
最初は子供の夢戯言と、大人も笑って聞いていたが、そこそこ育ってくると夢ばかり話してと窘められるようになった。
自分でもそれもそうかと思い、夢のことは日記には書けど、他人に話すことはなくなった。
しかし、ある時、事態は一変する。
夢だと思っていたその話が実は前世の出来事で、今いるこの世界は前世でやっていたゲームの世界だというのを思い出したのだ。
それは15歳の洗礼式の時だった。
彼はそれほど高位ではない貴族の次男である。
だが貴族であれば神から加護をもらい、何らかの適応職が与えられる。
15歳の成人を迎えた時に教会で洗礼と判定を受けるのが一般的だ。
彼も15歳になってすぐ、家族とその洗礼と判定を受けるため、教会へ行ったのだ。
そして、神への感謝の祈りを捧げた後、神職士が適応職を判定するための石板に手を置いたその時、突然、頭の中に不思議な情報が流れ込んできた。
それはこの世界が自分が前世で亡くなる直前までやっていた、あるネット系ゲームの世界であるということ。
そのゲームの中で今の自分の名前、容姿、これから授かる適応職が後に賢者となるゲームの重要人物だという設定情報だった。
そしてゲームのストーリー設定上、自分はいつか勇者とに出会い、一緒に魔王を倒しに行くのだということが、わかってしまったのだ。
彼の適応職は「魔術士」、副適応職が「魔道具士」であった。
適応職は子供の将来を決めるものでもあるのだから当然、親もその判定を一緒に聞いていた。
彼の両親は彼の適応職に喜んだ。
嫡男でない次男以下は職の種類で生きていく道の良し悪しが決まる。
魔術師ならば国に雇ってもらえるかもしれないし、魔道具士になったとしても職に困ることはない。
そんな有難い適応職の判定がある彼が適応職以外に進むなど両親は許さないだろう。
そうして、彼は否応がなく、魔術系の道に進むと決まった。
それでも最初に思い出したのはゲームの設定と勇者に会い、魔王を倒しに行くだろうということだけで詳しいことはわからなかったのでおとなしく親の言うよう魔術学校へ行った。
しょうがなく始めた魔術だったが、術を使えるようになるのも魔道具を作るのも非常に面白く、ゲームのことは忘れて熱心に勉強をした。
そのおかげか周りが驚くほど早くレベルを上げていったのだ。
首席で卒業した後は国の魔術機関にも就職でき、そこでも皆が驚くほどの成果を上げていった。
彼は努力家でもあったのでレベルは上がりまくり、次第に「次期賢者」とまで言われるほどになった。
それから彼は国のために働き、役に立つ魔道具の発明もした。
やがて、数年後には国から本当に「賢者」の称号を賜ると決まった。
そして、その素晴らしい知らせを受けた日の夜に最悪の記憶を思い出したのだ。
実は前世で、このゲームをクリアするのにかなり頑張ったのだが、一度も誰の犠牲も無しにクリアできなかった。
いや、実はできない設定だったということを思い出したのだ。
そして一番効率よく、且つ世界への被害が少なく、残された皆が幸せになるゲームのクリアの方法と言うのが、賢者の大魔法で魔王を抑えこみ、魔王と共に賢者の犠牲の上に迎えるクリアだったのだ。
そう、このクリア方法がこのゲームにおいての唯一のハッピーエンドだということ。
つまり、今まさに「賢者」になるだろう自分はこのままいけば、勇者に出会い、魔王を倒すために犠牲とならなければならないということになる。
この設定を思い出してしまった彼は悩んだ。
円形禿ができ、その禿を治す薬をものすごい早さで開発するほどに悩んだ。
いっそ、どこかに隠れて隠遁しようかと思ったが、おそらくゲームの強制力できっと探し当てられるに決まってる。
そうやって悩んだ彼がこの施設の話を聞いたのは拒否できずにしぶしぶと「賢者」を賜って、しばらくたった、今から1ヶ月程前のことだった。
どうやら転生者や転移者、召喚者を助けてくれるらしいということと、施設の大まかな場所だけの噂のようなものだったが、悩みつくした彼はそこを頼ろうと心に決め、それから取るものもとりあえず、「探さないでください」とだけ書置きしてこの施設に向かったのだ。
最初は自分の魔法で飛んでいけばすぐ行けるだろうと思っていたのだが、この森の近くまで来たら急に、魔法が消え、落っこちたのだ。
疲労からくる魔力不足かとポーションを飲んでも、どうやっても飛べない。
では魔法で加速して走っていこうとしたが、これもできない。
しょうがないから魔道具を使おうとしたが魔道具も作動しない。
そう、この森は全ての魔法を拒絶する。
そして、勇者の力も聖女の力も拒絶するのだ。
だから非常に原始的な力で移動する以外の方法がないのだ。
魔法がつかえないとわかったが、馬車どころか、馬もロバさえないのだ。
どうしようもないとわかって彼は歩くことにした。
普段から魔法や魔道具に頼りっぱなしでもやしの彼は必至で歩いた。
森の入り口からこの施設までの長い道をそれこそ馬車で二日かかる道を歩いた。
それでも普通の人なら5日ほど歩けば着くのに、体力のない彼は8日もかかってしまった。
そうしてボロボロになりながらやっとこの施設にたどり着いたのだ。
彼はここまでのことを話し終えるとほとんど泣きながら、叫ぶように言った。
「死にたくないんです!
魔王がいるのはわかってますが、勇者が現れても俺は探し出されたくないんです。
たぶん、勇者も俺と同じ転生者か、転移者か、召喚者でしょう?
だったら尚のこと、勇者とかかわりあいたくないんです。
あのゲームの勇者になりたい奴って結構いたんですよ。
ゲームやってた頃、オンラインで検索したら賢者死亡ルートでのクリアを称賛する奴がすっごく多かったんですよ。
しかも賢者が死んだ後の勇者のセリフが『俺たちは賢者を忘れない』とか『賢者、俺の魂の親友』とかふざけんなって。
それに自分、この間、どうしようもなく「賢者」を賜ってしまったんですよ。
ということは、俺って死亡フラグ立ってますよね?
他のルートは最悪で、魔王死んでも、人類もほぼ全滅だったり、剣士が犠牲になって剣士に恋してた聖女も一緒に犠牲になって国半壊だとか、聖女が犠牲になったら勇者も剣士も賢者も瀕死の状態になって、魔王は封印されたけど、死なないで次の世代の負の遺産になったりとか、そんなんばっかなんですよ。
せめて勇者が犠牲になって王族と貴族全滅で国が滅茶滅茶のルートに無理やりもってくとかできないんですか?」
必至で大声で叫ぶ彼はしだいに興奮してソファから床に降りて泣き伏してしまった。
そりゃ、死にたくない一心でここに来たんだから、そうもなるだろう。
阿保みたいに 死にたくないと泣き続ける彼に彼女は最初は優しく言った。
「言いたいことはよくわかるから、まずは落ち着きましょう。」
「死にたくないんです。どうしよう。」
「わかります、だから、落ち着いて話を聞いてください。」
「まだ、若いんですよ、結婚もしてないんですよ。死にたくない。」
「わかったから、話しを聞いてください。」
「やっと剥げが治って、お見合いだってしたかったんです。死にたくない。」
同じ会話の繰り返しに次第にイライラしてきて、声にも棘がでてくる。
「だから、ちゃんとこっちの話も聞いてください。死なないようにしますよ。」
「今度は長生きして、幸せになりたいんだ。死にたくないよう」
「死なないようにしてあげますから、落ち着いて話しましょう。」
「勇者に会いたくないんだよ。
会わなければいいんなら、先にあっち殺してください。
俺は死にたくない!」
何度目かのやり取りで彼女の堪忍袋の緒が切れた。
「落ち着けや、莫迦賢者!!!!人の言うこと聞かんかぃ!!!!」
と大声で叫ぶとやっと口をつぐんで、ポカンと彼女を見つめている。
「コホン。 やっと落ち着きましたね。」
怒りに任せて仁王立ちのようになったのを恥じるように座りなおして彼女は話し始めた。
「まず、心配していることは大丈夫だから、落ち着いて聞いてくださいね。
勇者とあなたは会います。ですが、あなたは死にません。」
「本当ですか? 俺、夢があるんです。可愛い妻とできれば二男二女くらいの穏やかな家庭を築きたい
んです。
もし、それが叶うんなら、この魔術師の職も貴族の地位もなくなってもいいんです。」
「えらく現実的ね、もともと堅実派だったのかな」
「いいえ、前世は会社と家の往復だけで、休日はゲーム三昧、ネットの中には彼女いたけど、現実には
ずっと一人でした。」
「あ、ああぁ、そうなのね。だ、だから今度は・・・てことかしら?」
「はい、一人で生きて、一人で事故死したから今度はリア充で死にたい。
賢者なんてならなくてよかったんだ。スキルもいらなかった。
ただ、平凡に生きて、平凡な幸せがあったらよかったんだ。
賢者なんて賢者タイムだけで充分だったのに!!!」
「アウトーーーー!!! アウト! R18に引っかかるからやめろーーー!」
彼女が顔を真っ赤にして叫ぶも彼は全く聞いてなかった。
「もともと根性だけはあるんでどんな仕事でもはがんばるので逃げたいです。
魔力なくしたらゲームの強制力から逃げられて、大丈夫なんでしょうか。」
「いや、もったいないから、この魔力を生かして仕事しようや。」
「じゃぁ、どうすればいいんですか? 賢者なしで魔王を倒す方法とかあるですかあぁ!?
あのゲーム、どうやっても賢者なしで魔王討伐のルートなかったんだから!」
結局、彼は興奮して、泣き出してしまった。
「いや、落ち着きましょう。
結論から言うとですね。
魔王は倒さなくていいんだって」
「へ? 倒さなくて・・・いいんですか?」
「倒す必要は全くありません。
その話しをするのに、手っ取り早いのでまずは会ってもらいましょうか。」
彼女はひきつるような苦笑をしながら奥の扉に向かってパチンと指を鳴らした。
すっと音もなく扉が開き、黒く長い角、薄青い肌、自分の頭三つ分ほど大きな男が入ってきた。
「あ、あ、あ、魔、魔王・・・」
それはまごうことなく、あのゲームのラスボス、魔王そのものだった。
彼はガタガタと震えながら、椅子から立ち上がり、床に崩れ落ちるように跪いた。
「終わりだ、終わりなんだ。」
魔王様、登場に彼は驚き、そしてもう、自分はこれまでかと子供のように大声で泣き出してしまった。
そんな彼に彼女が側に来て、そっと肩に手を置いて優しく諭した。
「魔王って、ゲームの魔王じゃないのよ。説明するから聞きなさい。」
顔を上げるときまり悪そうな顔の魔王とバカな子を見つめるような目の彼女の顔があった。
そのあと、懇切丁寧に説明がなされた。
まずはこの世界では魔王は 魔術の国の王なだけで前世のゲームの魔王とは全く別だということ。
見た目がそっくりなのは偶然の一致であって、気にする必要などないこと。
住んでる国や民族によって、容姿が異なるのは前の世界でもあったことで、そう不思議じゃないだろうと諭された。
何より、今いる世界は名前こそ同じだけど、ゲームの世界じゃないってことをじっくりしっかりと説明されたのだ。
唖然としながら説明を聞いていた彼だったか、徐々に落ち着きをとりもどしてきた。
そして、ほとんどのところは納得したけれど、そのうえでどうしても納得いかないことを口にした。
「確かに、容姿の違いってわかる。
けど、けど・・・・・ その黒い角はなんですか!?」
そう言って、魔王の頭をビシっと指さしたのだ。
指された魔王はうんざりしたような顔をしていた。
そして彼女がやれやれという顔でこう言った。
「これ?そういう髪型だよ。」
いや、どう見ても円錐状の一本角にしか見えない。
「いやいや、そんな角みたいにとがった髪なんてあるわけないじゃないですか。」
食い下がる彼に彼女がふっと鼻で笑った。
「いや、君の前いた世界でもいたろう?
どうやったらその髪型再現できる?って議論を呼んだことのある、女子高生キャラが。
実際に鬘で再現したら、”角じゃね?”ってネットで笑われてたの見たことない?」
そういえばもうずいぶん前だが、彼女の髪を3次元で再現ってやったら大きな一本角みたいだったため、ネットで笑いものになってたのを思い出した。
「あぁ、いましたね。謎の三角の髪型とか・・・」
「他にもコスプレするのに、3次元不可とかあったの、無理やりしたら・・・ってなかった?」
「ありましたね。 できないことないけど、オイオイ!って感じの。」
「そんな感じだよ。」
「そんな感じなんですね。」
「やっぱり、納得するんだ・・・・」
二人のやり取りに魔王、もとい、魔術国の国王が渋い顔をしてぼそりと呟いた。
何はともあれ、落ち着いて再度、話をすることになった。
魔王の側に大きなソファーがどこからともなく出てきて、それぞれが座った。
これまた、どこからともなく出てきた新しいお茶をまずは飲んでからということになった。
少し落ち着いてから、魔王から魔術国である、正式名称ラスカンダル魔術王国の現状が説明された。
ラスカンダルは魔術が盛んで魔道具の開発が最も進んでいる非常に高い文化を誇る国。
そして魔王とか魔族とかというのはラスカンダルの国王と国民のことを指し、ゲームとは全く別のものなのだということ。
ラスカンダルの周りの全ての国がラスカンダルの魔術力や魔道具に適わないことをわかっているので、よっぽどのバカじゃない限り、ラスカンダルに戦いを挑もうと考えることなど。
そして魔王も魔族も戦いを望まない平和主義であり、過去に戦争を仕掛けたことは皆無であること。
だから魔道具も平和な使い方がいいと実は家電系魔道具の開発が一番多いくらいだ。
因みに、彼がいた国でも若い子にはラスカンダルは非常に平和でいい国で移住したい国ナンバーワンと言われているのだ。
「え?知らなかった。魔国ってそんな平和なとこだなんて。」
「いや、ちょっと友達とかと『旅行とか行くならラスカンダル』って話が出てなかったの?
君の国からも結構、うちに観光とか魔道具の爆買いにとか来てるよ。」
魔王が少しむっとした顔をした。
「あ、魔術の研究所って基本、皆、旅行とか行かないです。どっちかというとインドア派ばっかで。」
「そこから変えないと前と一緒では?」
そう言われて彼は暗い顔になった。
「そうですね。まずそこ変えないと彼女とか無理・・・・シクシク」
「は、話を続けていいかな?」
再度、泣き出した彼をほっといて魔王は説明を続けた。
平和な国で犯罪も少ない。
結界も魔道具で張っているので魔物災害も自然災害もほとんどない。
しかし、この平和な国にも災害が起こるのだ。
それはこの国だけの災害・・・毎年、一部の召喚勇者がやって来て、国境で暴れること。
勇者の召喚はどの国でもそこそこ行われている。
もちろん正しい手続きで行えば問題ない。
実は勇者を呼び出すのは時折、発生する大型の魔物の退治や大きくなりすぎた盗賊団の討伐をしてほしいからなのだ。
盗賊はまぁ、人海戦術で頑張ってもいいのだが、大型の魔物にいたっては普通の兵士とかがやってたら犠牲が多すぎるのだ。
だから、手っ取り早く大型の魔物退治に勇者を召喚し、駆除してもらっているのだ。
大型の魔物も大盗賊団もいつもいるわけじゃないので勇者はそれ以外は小型か中型の魔物を狩ったり、指名手配犯を捕まえたり、金稼ぎにダンジョンに行くくらいと普通の冒険者と同じことをしているというのがこの世界の常識なのだ。
つまりは勇者を魔族(ラスカンダル魔国民)の殲滅のために召喚すると考えている国など全くないのだ。
なのに、召喚された勇者の10人中4人くらいは勝手に
「よし!俺無敵 (のはず)だ!!
魔王を倒して世界をハッピーにするぞ!」
とバカ丸出しの考えでラスカンダルに突進してくるらしい。
召喚した国も止めたり、説得したりする。
それでもラスカンダルめがけて、行っちゃった場合は慌てて追っかけるんだけど、そこは腐っても勇者だ。
なんらかのチートは持ってて、超高速で走ったり、瞬間転移したり、変な眷属を持ってたりして、追いつくより早く、ラスカンダルに突進しているらしい。
それをラスカンダルでは毎回、毎回、対応しているのだが、なにせ話を聞かない奴だから何らかの被害が出てしまう。
で、その都度、バカ勇者を召喚しちゃった国はラスカンダルに平謝りして、賠償金を払っているのが現状らしい。
それでも大型の魔物退治は勇者にしかできないので、召喚しないと困るのだから、どうしようもない。
しかし!
最近、画期的な新しいシステムができた。
魔術国の総力を結成して挑んだシステムである。
それはバカ勇者をラスカンダルの国境近くのある場所に意図的に行かせるのだ。
そして、そこについたバカ勇者を強制的に逆召喚するというものだ。
最初は逆召喚するのに魔力不足だなんだと色々と大変だったらしいが、最近、ある理由で逆召喚システムが効率化をしたらしい。
「で、そういうのがあるんだけど、そこに就職してみない?」
魔王の説明の後に彼女がそう言った。
「あぁ、勇者を排除してくれるシステムなんですね!!
素晴らしい、ぜひお手伝いさせてください。」
「快諾してくれてうれしいわ。
まぁ、実際は君が排除するんだけどね。」
彼女の横にいる魔王もホッとした顔をしていた。
彼は喜んで目をキラキラさせている。
「身を粉にして働きますから。
大丈夫、前世の会社だって、ブラックだったけど死ぬまで働けたし。
今は魔力が多いから、前より無理がききますよ・・・
死なない程度であれば頑張ります。」
妙な具合に力説する彼を制して魔王が
「いや、絶対そんなことさせないから。
うち、健全な職場しかないから。」
と頭を抱えている。
その後、職場の簡単な説明があった。
基本、5日働いて2日休み、年に24日の特別休暇もつける。前世で言う年休だ。
国の祝日は当然、休みだ。
副業も認めよう。お祭りの時なんかに商売する奴は多いぞ。
魔術の国だ魔術用品なんか、開発したら特許もある。
でも急に勇者が暴れたら交代で出勤になることもあるから、そこは同僚たちと仲良く話し合ってほしい。
とこんな感じで進んでいった。
「そうなんですね。ホワイトだ。
それはそうと、同僚がいるんですか?」
「うん、今のところ、君と似たような境遇の賢者が20人くらい。」
「え? そんなに?」
「うん、最初の賢者が来たのが一昨年の初め頃だったかな。でもって、今月は2人目だよ。」
「今月2人目・・・」
なんだろう、今までの「賢者」という自分の特別感が無くなって、心の中がスンっと冷めていくのがわかった。
そう、システムが効率化した理由はこれだった。
彼のような「賢者」が増えたのだ。
最初は1人だった賢者も20人もいれば仕事は効率化できる。
一つの会社のようなものだから。
そして、魔王も彼女もこうして賢者と話すのは21回目なのだ。
だからか、説明が流暢で魔王もどこか場慣れしたような感があったのは。
急に大騒ぎしていた自分が恥ずかしくなる。
それでも気持ちを持ち直し、椅子から降り魔王の前に改めて、膝をついて頭を下げた。
「魔王様、いえ、ラスカンダル魔術国、国王様、私をあなたの国へ行くことをお許しください。」
「いや、こちらこそよろしくお願いする賢者殿。最近、特にバ・・勇者が多くて人数を増やしたいと思ってたところ、ありがたい。」
そう言って魔王が頭を下げた。
後は書類上の問題だけねと彼女が笑って、次々に書類を取り出した。
「あ、前に前いた国を教えてね。
君がラスカンダルに就職するならちゃんと届けないといけないから。
前の職場の退職届だしてないでしょ?
それだと、国からの派遣って形かな? こっちで問い合わせてあげる。
それより、完全に移住がいい?
今なら手続きしてあげるよ。
それと国同志の取引として、勇者召喚できる賢者一人、ラスカンダルに送ることで逆召喚の料金が割引になるから君のとこの国王喜ぶねー。」
そんなこと言われてなんとなく、自分がクーポン券みたいでますます「賢者」の特別感が薄れたが、気にしてもしょうがない。
それから、さんざん書類をあれこれ書かされたり、あっちこっちにサインさせられたりをして、なんとか事務手続きを終えた。
もう少しゆっくりすればという彼女の言葉に首を振り、翌日に彼は魔王と共にすぐにラスカンダルに旅立って行くことになった。
魔王の非常に豪華な馬車の後ろのちょっとだけ豪華な馬車に乗った彼はどこか微妙な顔をしていた。
その数日後、彼からその後の報告を兼ねた手紙が届いた。
なんだか、微妙な顔をして旅立った彼が気になっていたが、ラスカンダルに行ったら同じような境遇の仲間ができてうれしかったとの報告に安心した。
ちなみに賢者は女性もいるのが一番うれしかったらしい。(だろうな!)
職場も会社というより、大学の研究室っぽい雰囲気だったらしく、前の世界では入れなかった大学のサークルみたいなのにも入ったとか。
そこには賢者仲間以外にもいろんな人がいるらしいので、最近は合コンみたいなのもやっていて非常に楽しいんだって。
手紙を読みながら彼女が呟く。
「なんか羨ましい・・・」
さて、今回はRPG好きの男と女の双子の神様が怒られることとなった。
ただ、転生された彼が何にもしなかった上に逆召喚の職に就いたので、ゲーム機を没収と奉仕活動として更生施設のお庭と門の前の掃除を2年というだけで終わることになった。
今回は大事にならなかったおかげで神側の後始末をまかされている大神ゼニウスは彼女に怒られることなく、穏やかにすみやかに事を進めていく。
ただ、彼女からの要求に
「お掃除は黄色の格子の和風の着物に黒い帯で、履物は短い歯の下駄。
これは絶対です。これ以外を着て掃除してはいけません。」
とあったのが解せなかったが、どうしてと聞くのが怖くてスルーしておいた。
さてさて、彼女はと言えば、今回はそう手を焼くこともなかったので、ご機嫌だった。
美味しいお茶を頂きながら、そういえば、自分の息子も色々とやらかして、何度かゲーム機取り上げて反省させたなぁ・・・なんて回想していた。
そんな穏やかなティータイムの最中に
「しょっちょーーうう!! 所長? 俺の仕事、そーろそろ門番から昇格っていかナイトプール?」
賢者を案内した茶髪の彼が所長である彼女に直談判にきた。
「あいかわらず、ノリ軽いね。」
「おほめに預かり、あざまるオッケー。そんな冷たい態度もいいねぇ。
今回も超うまくいったんだからテンション上げてこうよー!?
ほら、ノリって大事じゃん?」
「あぁ、君がそういう子でよかったよ。
そうだね。昇格して門番兼、お庭番ってのにしてあげようか。」
「わぁぉ! 所長 せんきゅすふぉーえばー!
うん? お庭番って、こっちの世界もニンジャってあるのぉ?」
「いや、お庭掃除当番の略だから。お掃除よろしくね。」
「あっれー? それってもしかしなくても、昇格じゃないんじゃね?」
「お給料は増えるよ。」
「やっりーー! じゃ、昇格じゃん、所長、あざまーす!
うんじゃ、早速、お庭番、いってきマッスル!」
茶髪の彼は何とも軽ーい感じの二指の敬礼もどきをして、どこかの庭へ走っていった。
実は茶髪の彼は勇者。
ただし召喚じゃなく、転生の勇者。
前世が結構、リア充だった彼はゲームに興味がなかったらしく、ゲームの知識は非常に乏しい。
それよりか、楽しいことが好きな彼は特にイベントと女の子が大好き。
だから、剣を握るより、女の子の手を握るのが大好きで、魔獣倒すより、オールナイトで踊り倒すほうが大好きな勇者であった。
そう、本来の勇者のお仕事をほったらかしたが故、ここへ来ることになったのだった。
でもそれはそれで、今の境遇に彼は大満足のようだ。
そして、彼は今度の休みにあの賢者が主催のサークルのパーティに行くらしい。
合コン風で女性も多いと聞いて、凄く楽しみにしているらしいが、可愛い子の前でテンション上がりすぎて、「俺、実は勇者!」って口が滑らないといいけど。
軽すぎるノリの彼がちょっと心配な彼女であった。
どっとはらい。
読んでくださり、まことに感謝しております。
ご評価、ご感想をいただけたら、泣いて喜びます。
ちなみにこの作品、ちょっと気に入っててシリーズでもう少し書きたいなと思ってます。
もしも、少しでも気に入って読んでくださる方がいたら、幸せでございます。