一話 勇者の弟は冒険者になるため旅に出る
「よし、準備万端!」
最低限の食料に衣類。そして果物ナイフ。これだけあれば十分だ!
「ノエム・・・・・・本当に行くの?」
目の前に居たお母さんが心配そうな顔で僕を見る。
「もっちろん!」
「でも、外には魔物が沢山居るのよ?」
僕は自信満々に答えたが、お母さんはそれでも心配そうだった。
「大丈夫だって。僕は勇者の弟だよ?魔物なんてコテンパンにやっつけちゃうもんね」
シュッシュッと空中にパンチをして見せ、笑いかけた。
「・・・・・・わかったわ。でも、危なくなったらすぐ帰ってくるのよ」
「うん!」
食料が入った鞄を背負い、もう一度お母さんの顔を見る。
「じゃ、行ってきます!」
「いってらっしゃい。気をつけるのよ?」
相変わらず心配そうな顔をする母を背に、僕は家から飛び出していった。僕の冒険が今、始まる。
五日後
「ああーーーーーーーお腹空いた」
僕は森の中で仰向けに倒れていた。食料はいつの間にか底を付き、鞄はもはやクッション代わりとなっていた。
「どうして・・・・こうなった」
理由は簡単。一日目から何も考えず食べ過ぎた。
「うわあああああああ!僕のバカバカバカバカ!」
やけになって自分の頭を叩くも、余計にお腹が空くだけだと気づきすぐに止めた。
森の中だというのに木の実やキノコの一つも生えていない。ちなみにもう少し先に進んだあたりで川が流れており、僕の浅はかな計画ではそこで魚を取って食べる予定だった。
それ以降は、村やちょっとした町もあるしなんとかなるのはずなんだけど。
「こんなのじゃ、兄ちゃんを助けるなんて無理だよなあ」
目を瞑り、勇者となった兄ちゃんの姿を思い浮かべる。こんな時、兄ちゃんならどうするんだろう。優しくて、頼りがいのある兄ちゃんなら一体―――――
「どうしたの?」
「え?」
突然聞こえた声に驚き目を開けると、すぐそこには見たこともないお姉さんの顔があった。
「・・・・・・誰?」
「そっくりそのまま君に返すわ。こんな所でどうしたの?」
「え、えと、僕は」
名前を言おうとしたところで、僕のお腹の虫が盛大に鳴った。
「お腹空いてるの?」
お姉さんは呆れたように言った。
「は、はい・・・・・・」
恥ずかしさに顔を手で隠しながらも、素直に頷く。
「仕方ないわねえ」
ため息を吐き、彼女はバサッと何かを広げながら言った。
「パンでよかったら少し分けてあげるから、こっちに来なさい」
僕が立ち上がると、彼女はさっき引いたであろう布の上で自分の鞄を漁っていた。
「そこ座ってて良いから、ちょっと待ってね」
言われたとおり布の上に座って待っていると「はい」という言葉と共にパンが目の前に出された。
「ほんとに、いいの?じゃなくて、いいんですか?」
「子どもを放っておくほど性根は腐ってないから。それと敬語じゃなくていいわよ」
さっきの呆れ顔とは真逆の優しい笑顔だった。
「じゃあ、遠慮なく。いただきます」
受け取ったパンを頬張る。流石に焼いてから時間が経っているようで硬くて冷たかったが、それでも美味しかった。
「君、名前は?」
「ふぉふぇふっふぇふぃふぃふぁふ。ふぉふぇえふぁんふぁ?」
「口の中に物入れながら喋らない。ちゃんと飲み込んで」
「んむ。ノエムって言います。お姉さんは?」
「・・・・リオンよ」
お姉さん、リオンさんは何故か少しだけ嫌そうな顔をして名乗った。いや、気のせいか
な?わからないけど、そんな感じがした。
「で?ノエムくんはこんな所で何をしてたの?遊んでただけって訳じゃなさそうだけど?」
しかしそんな嫌そうな顔も、次の瞬間にはそんな雰囲気のかけらもなかった。やっぱり気
のせいだったかな。
僕はパンを全部口の中に入れ、飲み込んだ「ごちそうさまです」
「あ、うん。行儀いいわね、君」
もちろん。挨拶は大事だからね。兄ちゃんどころか村のみんなが言ってた。
「リオンさんは勇者って知ってる?」
「当たり前でしょ?逆に知らない人なんて居るの?」
「あはははは、だよね」
勇者。それは三年前に突如として現れ、その強大な力を以て魔王軍を半壊させたと言われ
言われている少年。
「その勇者がさ、僕の兄ちゃんなんだ」
「・・・・・へー」
やめて!そんな目で僕を見ないで!信じれないのはわかるけど!
「ほんとだもん!嘘じゃないよ!」
だからといって証拠があるわけでもないけど。
「ふーん。ま、そういう事にしといてあげるわ」
絶対信じてないであろう顔で、そういう事にしといてくれた。ま、まあ仕方ないか。「それで?その勇者の弟くんがなんでこんな所に居るの?」
「それは・・・・・」
勇者の兄ちゃんを助けるため!と言いたいが、勇者の弟であることすら信じてもらえないのにそんな事を言うほど、僕も馬鹿じゃない。
「冒険者になりたいんだ」
なので、とっさにそれっぽいことを言った。「冒険者?」
「うん。冒険者になって、少しでも勇者の役に立ちたいんだ」
「冒険者ねえ」
う、無理があったかな。でも、助けてくれた人に嘘を言うわけにもいかないし。
「ま、良いんじゃない?冒険者になって魔物退治をすること自体、勇者の役に立つかもしれないわけだし」
よかった、信じてくれた。僕の考えてる役に立つ事とはまた違う気もするけど。
「でも」
僕が安心していると、リオンさんが急に顔を近づけた。
「な、なに?」
「冒険者になる方法って、知ってる?」
「え」
冒険者になる方法?た、確かお母さんが言ってたのは・・・・・・・。
「王都に行くこと?」
「じゃあ王都に着いた後は?」
「え、ええと・・・・・」
僕が返答できずにいると、リオンさんはまたも呆れた様にため息を吐いた。
「で、でも、お母さんは王都にさえ行ければなんとかなるって」
「確かに、なんとかなるかもしれないけど」
言い訳っぽ事を言いうと、少し困ったような顔をした。
「子どもが、一人で歩いて良いような場所じゃないわよ」
そう言って、リオンさんは立ち上がった。
「ど、どどうしたの?」
「どうしたって、君、冒険者になりたいんでしょ?」
「う、うん」
地面に敷いていた布を片付けるようで、僕は邪魔にならないよう離れてから、頷いた。
「このまま放っておいても後味悪いし、少しだけ付き合ってあげるわ」
「いいの!?」
予想外の言葉にリオンさんの顔を見上げる。「私もね、君と一緒で冒険者になるために王都に向かってたの。だからまあ、それまでだったら、ね?」
さっきまでとは別人かの様な笑顔で、そう言ってくれた。
「リオンさん、優しい人だね」
「そう?ありがとう」
「お礼を言うのは僕の方だよ。ありがとう」
そうして、僕の冒険はなんとか再開することが出来た。
王都に着くまでに、リオンさんは色々な事を教えてくれた。
例えば冒険者。冒険者は三つの階級で別れていて、一番上がAランクで、一番下がCランク。その中で、Aランク冒険者だけが魔王軍へ攻め込む事が出来る。それ以外は、国内に入り込んだ魔物の討伐等だと言った。
「なんでAランクだけなの?」
「戦闘経験が少ない人より、それが沢山ある人の方が安全って考えらしいわ。まあ、魔王軍が半壊したおかげでそういう考えに至れたらしいけど」
とそんな感じで教えてもらっていると、そういえばお互いの詳しい自己紹介してないよね。と言う話になり。
「ノエムくんってどこに住んでたの?」
「ミノラ村。知ってる?」
「うそ、そこって滅茶苦茶ど田舎の村じゃない。人のこと言えないけど」
とか。
「リオンさんって何歳なの?」
「十八だけど。そういう君は?」
「十歳だよ」
とか。
「何か好き嫌いとかある?」
「ううん、ないよ」
「へー、まだ子どもなのに偉いじゃない」
「えへへ、そうかな?」
なんて話しているうちに二日、三日と過ぎていった。あ、あと、ご飯に関しては当の川の所までなんとか持つことが出来た。
そして。
「やっと着いたー!」
ついに目的の王都、ミドガルンの目の前まで来た。
他の村や町とは違い周りが壁で覆われているおかげで、外からでは中の様子が見えない。
「なんで王都って壁で囲われてるの?」
「そうしたら魔物でも簡単に襲ってこれないでしょ。それくらい、この街は重要なのよ」「へー」
納得しながら、先に行くリオンさんの後ろについて行った。
見張りをしている兵隊さん達に挨拶をしながら、街の門となっている所をくぐる。壁の幅がかなり厚いのか、くぐり終えるまでに意外と時間が掛かった。
「お、おお!!」
長い門の向こうには見たこともない景色が広がっていた。
所狭しと、まるで壁のように並んだ建物が見渡す限り続いている。そして遙か遠くには、
それでも大きな存在感を示すお城が建っていた。それになにより人!見たことないくらい沢山人が歩いてる!
「すごい!すごいよこれ!」
住んでいた村とのあまりの差に、すごいすごいとしか言えなくなっていた。
「もう、ちょっとはしゃぎすぎよ?」
「で、でも!だって!すごいんだもん!」
「すごいのは分かるけど、落ち着きなさい。観光に来た訳じゃないんだから」
「あ、そうだった」
いや、忘れてた訳じゃないよ?ただちょっと驚いてただけで。
「ほら、行くわよ」
「行くって、どこに?」
「とにかく付いてきて。歩きながら教えてあげる」
そう言ってスタスタと歩き出すリオンさんに、言われたとおりついて行く。
「まずは冒険者ギルドってとこに行くの。そこで冒険者に登録させてもらえるから」
「そこでCクラスだっけ?の冒険者になれるの?」
「そういう事。登録が済んだら国からの応援金、ってことで少しお金がもらえるのよ。その
お金でしばらく住める宿を探すって流れね」
「なるほどー」
完璧な計画だった。僕一人だったら一体どうなっていたことか。まず王都に来れたかどう
かすら疑問な所だけど。
「あ、そういえば」
と考えたところで、少し思い出したことがあった。
「ん?どうしたの?」
「リオンさんは、いつまで僕に付き合ってくれるの?」
王都に連れて行ってもらい、これからギルドにまで案内してくれる。他にも色々な事を教えてもらった手前、少し不安になっていた。「んー、そうねえ」
リオンさんは少し考える風に腕を組むかと思うと、すぐに僕の顔を見た。
「?」
「・・・・・ま、もう少しだけ一緒に居てあげるわ」
「なんで僕の顔を見たの?」
「なんとなくよ」
それっきり何も言わず、リオンさんは歩いて行ってしまった。なんだったんだろう。
「・・・・・・顔に出やすい子ね」
どこからかそんな呟きが聞こえた気がした。
これは一話の二分の一となりますので、まだ一話は続きます