87.それと……くれぐれも注意なさいよ?
ハンナとの契約は成立した。
ハンナは俺に代わり、自宅ダンジョンで出土した黄金肉をオークションに出品してくれる。
その代わり、俺はオリジンダンジョンを調査。茶位帝国からゲートが開かれていないか調べるわけだ。
「それでダンジョー。アンタん家のダンジョンだけど……日本にはいつ報告するつもりなの?」
「お金が溜まり次第だ。報告の後、競売にかけられたダンジョンを俺が買いとる予定でいる」
「ふーん……その時はアタシにも連絡をもらえない?」
それは全く構わないが、なぜに?
「いったでしょ? 日本にも茶位帝国のスパイが大勢入り込んでいるって。黄金肉が手に入るダンジョン。もしも茶位帝国に感づかれたら、間違いなくやつらの息のかかった企業に落札されるわよ」
日本でダンジョン落札に参加できるのは、日本の企業だけ。それでもか?
「それって海外からの出資率が問題なだけでしょ? 出資してる日本人。株主そのものを籠絡すれば良いだけよ」
なるほど。
「パパに話して日本の政治家。茶位帝国を危険視する政治家に話を通してみるわ」
やれやれ。大げさな話になったものだ。
俺はただ黄金肉の独占。売却利益でウハウハ・ハーレムという、ごく庶民的な暮らしを堪能したいだけだというのに。
「どうせアンタのことだからハーレムだ何だと、ろくでもない欲望で報告しなかったんでしょうけど……まあ結果オーライってわけね」
おのれ。いったいハーレムの何がろくでもないのか?
国によっては一夫多妻は正式な文化であり、価値観の多様化を尊重する22世紀にあっては聞きずてならない発言である。
俺がその崇高な理念を語るその前に、イモが口を開いた。
「ハンナさん。お兄様がハーレムなど汚らわしい欲望で動くとお思いですか?」
そういって、イモが右手に持つゴブ王の剣をなでる。
「いえいえ! 待って。イモさん。アタシはあくまでコイツの心を代弁しただけ。アタシは無実だからっ」
「そうでしょうか? あわよくばお兄様のハーレム入りしようなど発情しているのではないでしょうか?」
「してないっ。してないから。ダンジョーに釣り合うのはイモさんだけ。そう。だから安心してっ」
「当然でしょう。お兄様の伴侶は私だけで十分なのですから。ねえお兄様」
「はい」
……残念ながら現代日本は一夫一妻制。多様化への理解はまだまだ遠いというのが悲しい現実である。
「はあ……イモさん。学校では普通なのに……誰の影響かしら」
「それはそうとハンナ」
俺は草むらに横たわり気持ち良さげなニャン美を抱きかかえる。
「このニャン美をパーティに加えてくれないか?」
現在のパーティリーダーはハンナ。
その許可がなければメンバーは増やせない。
「……アンタは猫にギフトを獲得させてるの? 日本ではペットの持ち込みは禁止されてるって聞いたけど……まあもう良いわ」
ニャン美をメンバーに加えた俺たちは、ハンナを先頭にジャングルの奥深く。別のゲートへ移動する。
─暗黒門LV20:オリジンダンジョン地下1階その2
─登録済み:王、李、楊、張、劉、陳、超、呉、城
─現在、自動転送モードで運転中
─現在のステータス:転送中
─対象数:働きアリ獣20
─転送完了まで:あと90秒
─ダンジョン魔力:120
「……登録があった。それも俺の他に8人だ」
まさかな……俺以外にもモンスターゲートを使う者がこれほどいるとは……登録されている名前からすると、やはり全員が茶位帝国か?
「……分かったわ。ゴメン。アタシは戻るけどアンタたちはどうする?」
まさかの緊急事態。急いで戻り国に報告するのだろう。
先導してくれるハンナがいなくなるのは寂しいが、ダンジョンにおける俺は無敵。
「せっかく来たのだ。もう少し探索していく」
いつもいつも自宅ダンジョンでは飽きもくる。
たまには趣向の異なるダンジョンも良いものだ。
「そう。外に出たら連絡をちょうだい。迎えを寄こすわ。それと……くれぐれも注意なさいよ?」
ハンナからパーティリーダーを譲り受け、ダンジョンに残るのは俺たち2人と1匹。
「ふー。やっとおにいちゃんと2人きりだー」
ニャン美も一緒だけどな。
「ニャン美は家族だからいいんだもんねー」
「なー」
ネコにハトにと、我が家もずいぶん大家族になったものである。
「とりあえずはゲートから働きアリ獣が出て来るぞ」
光と共にカサカサとゲートを飛び出る20匹の働きアリ獣。
「なー」
カキーン
勢いよく飛びついたニャン美の爪が弾き返される。
ゴブリン獣を軽く引き裂くニャンちゃんクローを弾いたか……働きアリ獣の甲殻は刃物を弾くというが、なるほどな。
甲殻の薄い部分なら銃弾で貫通できるそうだが、ここは魔力が低く魔法に弱いというその弱点を突かせてもらうとしよう。
「闇の光をもって蠢く虫けらどもを滅し尽くす。発動。暗黒の霧」
デバフ発動:働きアリ獣たちはいろいろ大変な状態になった。
魔法が弱点というだけあって、デバフ魔法の効きが良い。
猛毒により働きアリ獣は全滅した。
「お? 甲殻を落としたな」
しかし……落としたは良いがゴツイ甲殻。
多少が重い程度、筋力の上がるダンジョン内なら何ということはないが、かさばるのが困りものである。
「ゴキブリといいおにいちゃん。こういうの好きだよねー」
いや。俺が好きなのはあくまでカブトムシであってだな……
そうか。ニャンちゃんクローすら防ぐこの攻殻。無敵要塞の外壁に使えば、無敵な要塞がさらに無敵となる。
通常であればこのようにかさばる荷物。持ち運べても1個か2個であるが──
「ゲートオープン。草原広場へ」
俺は開いたゲートの渦へと、次々に甲殻を放り込んでいく。
噂ではアイテムボックスなる異空間に荷物を保存するアイテムも存在するそうだが、とんでもない貴重品な上に保存容量はせいぜいがコンテナ1個程度という。
それに比べて、ゲートを利用した荷物保存なら容量にほぼ制限はない。ゲートのつながる先。草原広場の全てが俺の荷物置き場として利用できるからだ。
草むらで虫でも探していたのか。ドサドサ投げ込まれる甲殻の音に引かれて、白ハト様とハトさんがゲートまで近づいて来ていた。
「お? ハトさんも遠征するか?」
「クゥックゥッ」
俺の呼びかけにハトさんが嬉しそうに近寄ると、それに続いて白ハト様も後を追う。
そうだな。何があるか分からない海外ダンジョン。治療魔法の使える白ハト様に同行してもらえば安心というもの。
甲殻を放り込み終えた俺は、ハト2羽を連れてオリジンダンジョンへ戻った。
「おー。ハトさんも一緒だー」
ついでにニャンちゃんも後1匹くらいは連れて来たいところであったが、モンスター狩りに出かけているのだろう。付近には見当たらなかった。
まあ、俺+イモ+ニャン美+白ハト様+ハトさん。
この5人パーティなら十分すぎる戦力である。
「それじゃ奥地へ。別のモンスターゲートを探してみよう」
ハンナさんには黄金肉の売却で世話になるのだ。他のモンスターゲートの登録状況がどうなっているのか。ついでに調べ恩を売っておくとしよう。
やれやれ。アフターサービスも欠かさないとは、さすがは俺である。
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「あーあ。イモちゃんは今ごろ海外旅行かあ」
「イケメンお兄様も一緒だっていうから、うらやましー」
イモの友人3人が通学路を帰る途中、道端にダンボールが置かれているのが見えた。
「何だろ?」
おそるおそるダンボールを覗き込んだところ。
「くーん。わんわん」
3匹の子犬が身を寄せ合っている姿が目に入る。
「捨て犬みたい」
「柴犬?」
「かわいそう」
令和となった今でも、道端に子犬を捨てるというモラルのない行為に憤慨するも。
「どうしよう?」
「保健所だよねえ」
「殺されるけどね」
結局。自分たちにも、どうすることもできない。
ダンボール箱を見てうんうん悩む3人の女子中学生の前に1匹の三毛猫がやって来ると、ダンボール箱に首を突っ込み子犬の1匹を口にくわえる。
「あっ」
そのままどこかへ走り去っていった。
「いま……ネコが子犬をくわえていったね……」
「うん……どうするんだろう?」
「やっぱり……食べるんじゃ?」
子犬をネズミと間違えたのか。
とにかくこのままでは残る2匹も食べられかねない。
「学校で聞いてみよう。子犬2匹だけなら誰か里親が見つかるよ」
「そうね」
「さすがにネコの餌は可哀そう」
残る2匹の子犬を胸に抱え、女学生は帰路についた。




