85.「ちょっと自宅へ」
デモ隊の3人と別れた俺たち。
現れるモンスターを退治しながら進んだその先。
「ほら。ここがモンスターゲートよ」
うっそうと茂る葉っぱをかき分けた先に、漆黒の渦が巻き起こる。
ここ。オリジンダンジョン地下1階はジャングル。
モンスターゲートの周辺にも茂みが生い茂っており周囲からは死角となっていた。
つまり。俺がモンスターゲートに触れようが、誰の目に止まることもない。
念のため周囲30メートルを探るも、暗黒の霧に他者の反応はない。周囲の安全を確認した俺は、おもむろに漆黒の渦へ右腕を差し込んだ。
「ちょっと!? アンタ何を! 死ぬつもり?!」
─暗黒門LV20:オリジンダンジョン地下1階その1
─登録済み:城
─現在、自動転送モードで運転中
─現在のステータス:転送中
─対象数:モスキート獣20
─転送完了まで:あと90秒
─ダンジョン魔力:120
登録は完了した。
「ならば行くぞ。暗黒門ゲートオープン。黄金ダンジョンへの道を開きたまえ!」
─別暗黒門へ転送を実行
黄金ダンジョン地下1階その1へ接続中。残り30秒。
漆黒の渦に光が走る。
「2人は少しだけ待っていてくれ」
「お兄様。どちらへ?」
「ちょっと自宅へ」
光の走る渦へ俺はまっすぐ侵入する。
「いやいや! ちょっと。あの男、死ぬわよ?!」
「落ち着いてください。ハンナさん。お兄様は無敵ですから大丈夫です」
光を抜けたその先。見覚えのある景色。ここは自宅ダンジョン地下1階に無事到着したようだ。
「ニャ?」
ちょうど目の前には、モンスターゲートから出て来るモンスターを待ち伏せていたのだろう。ニャン美が座り込んでいた。
「ニャン美か。すまん。狩りの邪魔をしたか?」
「なー!」
途端に俺の胸元に飛びつくニャン美。
何かよく分からんが、ニャン美は4匹の中で一番俺になついていた。
「おー。よしよしよーし」
「なー」
ニャン美の毛は長くふわふわしており、ぬいぐるみのようである。
「ニャン美は可愛いなあ。お前も一緒に行くか?」
「なー」
「よし。それではイモたちの所へ戻る……その前に。ちょっと待っていてくれ」
ニャン美を残して、俺は自宅へダッシュ。冷蔵庫から黄金アメーバ肉を、自室からゴブリン王の剣と盾を取り出し戻って来た。
「よし。行くぞニャン美。ゲートオープン!」
ニャン美を胸にモンスターゲートに入った俺は、呆気にとられ大口を開いて固まるハンナさんの前に戻っていた。
「ど、ど、ど……」
ど?
「どーなってるのよ!? アンタ……モンスターゲートに入って何で無事なのよ!」
「やれやれ。俺は超天才暗黒魔導士。何の疑問もないだろう?」
大自然のジャングルに来たからだろう。ニャーニャー喜ぶニャン美を地面に降ろしてやる。
「疑問に決まっているでしょ?! アンタただのSSRでしょ? 暗黒魔導士ってSSRのクセにそんな真似ができるわけ?」
クセにって……ヒドイSSR差別である。
「ハンナさんが言っていただろう? 神聖、暗黒と名前の付くギフトは同ランクでも上位ギフトだと」
海外旅行するにも荷物は不要。ゲートを使えばいつでも自宅に戻れるのだ。持ちだしたゴブリン王の盾を自分の腕に。ゴブリン王の剣をイモに手渡した。
「……そうね。で、武器はともかくその猫は何よ?」
ちょうど現れたヘビ獣を追いかけ、ニャーニャー地面を駆け回るニャン美を指さすハンナさん。
「ニャン美だ。可愛いだろう?」
「……そうね。で、どこから連れて来たのよ? というかモンスターゲートに入った先ってどうなってるのよ?」
「別のモンスターゲートだ。暗黒魔導士のスキルを使えば、異なるモンスターゲート間との転送が可能になる」
ただし登録したモンスターゲート間のみ。そして登録さえすれば距離が離れていようが問題なく転送できる。
「ということは……登録したダンジョン間であれば、アンタがいればそのパーティメンバーも、所有物も自由に行き来できるってわけ?」
その通りである。
「それが本当だとしたら……いえ。目の前で見たんだから本当ね。でも……だとしたらヤバイ話よ」
何がだ? 俺の偉大さがヤバすぎるという話か?
「まあ、アンタの頭もヤバイけど……SSRギフトでそんな真似ができるということがもっとヤバイのよ。アンタがURなら何の問題もないってのに……」
またSSR差別か?
「アンタね。SSRは無数にいるわけよ? つまりアンタと同じ真似ができる人間が他にも無数にいるってこと」
いてもおかしくはないが……難しいだろうと予想する。
ゲート間転送を利用するには、LV20以上の暗黒魔導士が、モンスターゲートに触れる必要がある。
攻略読本によれば、LV20到達まで約2年と6ヵ月。
ダンジョン発生から3年と6か月の今。探索者全体でもLV20に到達した者は少ないはずであり、さらに暗黒魔導士となれば……いるのかどうか。
そして一番の問題点はモンスターゲートに触れる必要があるという点。
吸い込まれた者は帰って来ないという漆黒の渦。わざわざ触れてみようという酔狂者が存在するとは思えない。
「そう……他にいないなら良いんだけど…………こんな危険なスキルが一般的になったら税関も何もあったもんじゃないわ。密入国も密輸入もやり放題よ」
ぶつぶつ呟くハンナさんだが
「いえ……そうか! そういうことよ!」
何かに気づいたように、その顔を上げる。
「言ったでしょ? 最近うちの国でテロが頻発しているって」
言ったも何も昨晩に遭遇している。
「彼らは茶位帝国製の武器を所有しているのよ。だけどどこから持ちこんだのか分からなかった。茶位帝国への往来は禁止だし、他の国を経由するにしても、税関がそんな武器を大量に見逃すはずがないのよ」
それはつまり……茶位帝国はモンスターゲートを使って武器を密輸している可能性があると?
「武器だけじゃないわ。射殺したテロ容疑者を調べた結果、おそらくは茶位帝国人だろうという死体も多いの。昨晩の襲撃犯もそうよ」
だが、先ほども言ったとおり、暗黒魔導士だからといってモンスターゲートを利用するのは難しいはずなのだが……
「相手は人口14億の茶位帝国。ダンジョン開発と魔力研究の最先端を行く国よ?」
LV20到達まで約2年と6ヵ月というが、それは公営ダンジョンにおけるNギフトを基準とした数値。SSRギフトでもって効率の良い狩場を独占すれば、その期間は大幅に短縮が可能である。
そしてモンスターゲートに触れるという点についてもだ。
事故による偶然で俺が見つけたように、偶然に見つける者がいてもおかしくはないが……
「事故? 偶然? なに甘いこと言ってるのよ? 非人道的な人体実験も平気で行うのが茶位帝国よ? LVを上げる方法にしても、モンスターゲートを調べる方法にしても、何をやっていてもおかしくないわ」
非人道的な人体実験って……茶位帝国とはそんなに危険な国なのか?
「危険に決まってるでしょ? 最近じゃ少数民族の全員を武器食料もなしにダンジョンに放り込んだって話題になってたじゃない。なに? 日本じゃニュースでやってないの?」
そのようなニュースは初耳である……
「お兄様。そのニュースなら私も昨晩に見ました。1人逃げ出した男が国境を越えて国際機関に保護されたことで発覚したと」
昨晩にイモが見ていたのはバラエティ番組ではなかったのか。
「はい。茶位帝国のニュースを調べていました。日本では聞いたことのないニュースも多く、勉強になりました」
隣国だけあって茶位帝国に関するニュースも充実しているわけか。
「ダンジョー。モンスターゲートを調べて、そのゲートが茶位帝国とつながっているかどうか分かる?」
「……どうだろう? 実際に試してみるまでは何とも分からないな」
先ほど触ったゲートに違和感はない。
が……何せ他人が登録したモンスターゲートを見たことがない……ので……
!!! いや。見たことがある。
品川ダンジョン地下1階。俺の他に、王という名前が登録されていた。
まさか……あれは茶位帝国の?
いや、名前だけでは分からない。
何せ日本のダンジョン。茶位帝国の人間は入れないはずである。
「ふーん。やっぱりね」
何がやっぱりなのか?
「ん? パパが日本の政治家と交渉した時ね。反応の鈍い、というより、はっきり反対する政治家もたくさんいたもの」
交渉というのは、日オリのダンジョン同盟のことか?
「そう。オリジン国と日本と。協力されては困る人が大勢いたってこと」
反対すること。それ自体は不思議ではない。
お互いのダンジョンに相乗りしようというのだ。考え方によっては日本のダンジョン資産を持ち出されるとも言えるわけで、反対する政治家もいるだろう。
「そうかしら? お互いに相手国のダンジョンから出たドロップ品は、相手国のダンジョン協会へ売却する決まり。仮に貴重なドロップ品があっても持ち出すことは出来ないわ」
そうなると……
「日本にも茶位帝国の協力者がたくさん紛れ込んでいるってことよ」
……ありえない話ではない。
何せGDP世界2位の茶位帝国。有り余るお金をバラまけば政治家を買収するなど朝飯前だろう。
いや。お金だけではない。人口14億。美男子も美女も履いて捨てるほど大勢いるわけで、その色仕掛けでもって攻められては、この俺ですら陥落しかねない危険性がある。
「だから。このダンジョンも調べてみてほしいの」
もしも本当に茶位帝国との間にゲートが開かれているなら、オリジン国にとっては国防上の大問題。そして、その問題を調査できるのが俺だけだとするなら……
「つまりハンナさんはこの俺の。超天才イケメン暗黒魔導士様の力を借りたいと。そういうことか?」
「超天才? 誰が、いえ……はい。その、お願いするわ。します」
それは絶好の取引材料となる。




