84.約30メートル先の茂みをかき分け姿を見せたのは3人の男たち。
俺たち3人。現れるモンスターを退治しながら進むその途中。
ガサゴソ背後から闇黒の霧の結界に触れる存在を感知した。
「ストップ。何か背後から迫る者がいるが……」
地下1階。大型モンスターは存在しないと聞いている。となれば、この茂みをかき分ける大きさからすると……
「他の探索者でしょうか?」
「銃を撃つこちらの音が聞こえているはずなのに? お互い銃を使うのよ。普通は他の探索者に近づかないわ」
魔力バリアがあるとはいえ、低LVの探索者であれば誤射による同士討ちもありえる。
「何か俺たちに用があるのだろう。待つとするか」
とりあえずは他の探索者を巻き込まないよう、俺は噴き出す暗黒の霧の一部を回収。結界を縮小する。
「おー。やっと追いついたやん」
「あんたら足速いなー」
「見失ってしもうたかと思たで」
ガサゴソ。約30メートル先の茂みをかき分け姿を見せたのは3人の男たち。
なんだ? 銃も持たない。
どう見ても普通の一般人にしか見えないが。
「ダンジョン入ったらアカン言うたやん」
「モンスターは危険や。怪我するさかい」
「モンスターは友達や。殺生はアカンて」
イモの通訳がおかしいのか?
いったい何を言っている?
「お兄様。彼らの顔に見覚えがあります。外のデモ隊の一部です」
探索者ではない。それで装備も持たないわけか。
しかし、確かデモ隊の連中はダンジョン反対。
だというのに、ダンジョンに入るのは変ではないか?
「女子供だけでダンジョンは危ないんやって」
「せやで。せやからワイらが付き添ったるさかい」
「ほなら一緒に外に戻ろうや。親御さんも心配してるやろ」
ご丁寧にも俺たちをダンジョンから連れ出そうと追って来たという。
「いや。なんも警戒せんでもええで」
「見てのとおりワイら手ぶらやん」
「なんも怖いことあらへんって」
茶髪に鼻ピアス。ヘラヘラとガムクチャしながらもタトゥーの入った両手を掲げ、笑顔で近づこうとする3人の男たち。
うーむ。見るからに怪しさ満点。
女の2、3人は強姦してそうな笑顔であるが……俺にとって彼らは異国の市民。レイプ野郎の分際で適当こいてんじゃねーぞカスが! など、うかつに疑い罵倒しては国際問題。どうしたものか……
「待ちなさい」
カチャリ。肩のアサルトライフルを手に構えるハンナさん。
「アンタたち。どうして手ぶらなのかしら?」
ハンナさんの問いかけに、男たちは困ったように白い歯を輝かせて顔を見合わせる。
「いや、どうしてって言われても」
「ワイらは心優しいから武器は持たんのや」
「そやで。モンスター相手に暴力なんてもってのほかや」
パーン
男たちとの距離は約20メートル。
突然にハンナさんがアサルトライフルを発砲する。
カキーン
発した弾丸は男たちの目前で弾かれていた。
「魔力バリア。ギフトを持っているから手ぶらなのよね」
なんと? しかし、ギフトを得るにはモンスターを退治する必要がある。これではモンスターを友達という連中の主張に矛盾が生じるのではないか?
「……アンタ連中のいうことを馬鹿正直に信じてたの? もしかして馬鹿なの?」
いや。信じていたわけではないが……俺はただの旅行者であるため他国のデモに口出しする立場にない。理由も分からず頭ごなしに否定したのでは国際問題。モンスターを殺すなといわれれば、殺すわけにもいかない苦しい立場であるわけで……
「連中の目的はただ1つ。オリジン国民のギフト獲得を妨害する。ただそれだけだもの」
ダンジョンは危険だから封鎖しろというのも。
知性あるモンスターを殺すなというのも。
全てはその建前だというのか?
「しかし……デモ隊が、自国の市民が自国の足を引っ張って何の得があるのだ?」
「この連中はただ独裁軍事党から日当をもらって騒いでるだけ。ただ金が目的なだけで何も考えてなんてないわよ」
そういえばグンジー委員長。あの老人はダンジョン入場に制限をかけたいと言っていた。あれは国民のためを思ってではなく、国民にギフトを獲得させないためが本音というわけか?
「へっ。さっきから聞いていれば金目当てだとお?」
「馬鹿にしてんじゃねーぞ」
「わいらはただのデモ隊やない。殴打隊やで?」
殴打隊? 物騒な名前であるが何だ?
「デモ隊の中の過激派よ。ダンジョンに入ろうとする人を殴ってでも止めることから着いた名前よ」
暴力を伴ったのでは、それはデモではなくテロな気がしないでもない。
「へっ。俺ら崇高な殴打隊がよお」
「チンケな金を目当てに動くかよ」
「馬鹿にしてんじゃねーぞ」
金ではない。
ならば何だ?
「そんなん決まってるがな。そら性欲のためよ」
「間抜けにもダンジョンに入った女子供によお、両手を上げて無害を装い近づくんや」
「それでや。油断したところを、とっ捕まえるわけよ」
白々しい演技をやめたのか。
へらへら薄汚い笑顔で歩み近寄る3人の男たち。
「あとはやり放題やで。ぐへへ」
「今日の女2人は美人やさかい、楽しみやで」
「んなら俺は男をいただくで。げへへ」
金ではない。まさか俺の尻穴が目当てとはな……。
確かに日当どころではない。最高のご褒美である。
「やった後の死体はモンスターが始末してくれるしよお」
「俺らが捕まることはねーってわけよ」
「やっぱモンスターは友達や。最高やん」
カチャリ。再び銃口を向けるハンナさん。
その距離。約10メートル。
「無駄やって。さっきので分かったやろ?」
「俺らのギフトはSRでLVは10やで?」
「アサルトライフルなんか効かねーっての」
パーン
「ぐははっ……って、ぐあー!」
アサルトライフルを発する弾丸は、バカ笑いを浮かべる男の額を貫通。頭が破裂する。
「な、なんでや?」
「お、おかしいやろ? なんで銃でやられるんや」
なんだ? 自信満々で襲って来るからには、てっきりハンナさんがURだと知っての狼藉だと思ったが……
「アンタたちが襲って来てくれてラッキーだったわ。これが外ならうかつに殺せないけど」
パーン
「や、やめて……ぐあー!」
あえなく2人目の男の頭が破裂する。
「死体も残らない。ここなら思う存分に殺せるものね」
よほどうっぷんが溜まっていたのか、笑顔ニコニコのハンナさん。楽しそうで何よりであるが……ここはジャングル。
「ひいいっ! こ、こら退散やがな!」
泡を食って逃げ出す最後の1人は、ジャングルの茂みに飛び込んだ。
さすがにLV10を自称するだけあって、なかなかの逃げっぷり。濃密に樹木の絡みあう茂みに入られては、ここから狙撃するのは無理だろう。
「面倒だけど追うしかないわね。逃がしてよけいなことを喋られてもよけいに面倒だもの」
俺に野郎のケツを追う趣味はない。
やれやれではあるが、やはり俺が力を貸すしかないようだ。
「それなら必要ない。すでに奴は暗黒の霧の射程圏にある」
「ん? アンタ。暗黒の霧は回収したんじゃなかった?」
連中と遭遇するその直前。暗黒の霧による結界を縮小させたというのは、あくまで空中部分のみ。
「展開。暗黒の霧」
霧を自在に操るのが暗黒魔導士。
地面を低く。下草に紛らせていた暗黒の霧を、俺は再度空中に展開する。
デバフ発動:鼻ピアス男は麻痺した。
「あ、あひ? 足が動かへん……」
地面を低く這わせた暗黒の霧はそのまま俺の周囲30メートル。ただ下草に紛れ隠していただけにすぎない。
よって、連中との距離が30メートルとなったその時点。
すでに連中の生殺与奪は俺の手中にあったというわけだ。
「ワオ! やるじゃない。良いわ。その男を殺すのはアンタに譲ってあげる」
譲られても困るのだがな……先ほど言ったように理由なく他国の市民を殺したのでは国際問題。殺せコールを行うハンナさんを置いて、俺は鼻ピアス男に近づいた。
「あ、あんさん。助けてえな。この女おかしいわ。善良なわいらにいきなり発砲するなんて」
麻痺したまま腰を抜かしたか、座りこみ助けを求める鼻ピアス男。
「うーむ。心優しい俺としては助けてやりたいのはやまやまなのだが……デモ隊であるお前がどうして俺たちを襲ったのだ?」
「襲ったやなんて、ちゃいまんがな。ダンジョンは危険やさかい。あんさんらを助けよう思いましてな」
「そうか? 確か先ほど俺の尻穴がどうとか言っていたような気がしたが……」
「き、気のせいやがな」
「そうか。まあ気のせいなら仕方がない」
俺は麻痺して動けない鼻ピアス男を引きずり、男2人の前に転がすと、展開していた暗黒の霧を解除する。
ブーン
頭から血を流す2つの死体。
その血の匂いに引かれたのか、いつの間にか周囲にモスキート獣。ヒル獣が迫っていた。
「ひいっ。に、逃げって……やっぱり身体が動かへん」
モスキート獣。ヒル獣。ともに血を好物とするモンスター。地面に横たわる2人の死体に取り付き、その血を吸い始める。
「で? デモ活動の目的は何だ? ハンナさんはギフト獲得を妨害するためというが、本当か?」
「そ、そんあわけあらへんがな。ダンジョンは危険やさかい、入って怪我する人が出ないようにやな。あくまで国民のためを思ってやがな」
スパーン
俺は鼻ピアス男の胸を、軍用ナイフで浅く斬りつける。
「ひげー。い、痛いでんがな」
胸から血を流す鼻ピアス男。
ペタリ。死体に取り付き損ねたヒル獣が1匹。その胸に吸い付くと、ちゅーちゅー音を立て血を吸い始めた。
「ひいい! す、吸われてる。吸われてるがな!」
うるさい男だ。血を吸われて嬉しいのか?
「お兄様。こちらをお使いください」
イモが差し出したのは1匹のモスキート獣。
ワサワサ動くその身体を受け取り、俺は鼻ピアス男の鼻づらに押し付ける。
ブスッ
モスキート獣は口器の針を男の鼻の穴に差し込むと、チューチューその血を吸い始めた。
「ひー! ぎえー!」
意味不明な悲鳴をあげる鼻ピアス男。
体長30センチのグロテスクな蚊が、自分の顔に取りつき血を吸っているのだ。無理もない。
「た、助けてぇ……血が……死ぬぅ」
俺としても助けてやりたい。
「しかしだな……助けようにも確かデモ隊の主張の1つに、知性あるモンスターを殺すなとあったような気がしたのだが……これでは助けようがないのではないか?」
「そ、そんなんモンスターに知性がどうとか、そんなん信じるのアホだけや。ええからコイツをぶっ殺して助けてくれやがなぁ……」
「なんと。デモ隊の言う内容はデタラメであるというのか? ならばダンジョンの危険から国民を守るというのはどうなのか?」
「そんなんギフトを獲得させへんために決まってるやん。独裁軍事党の人が言うには、いずれ地上も魔素でいっぱいになるそうや。そうなったらギフトを持たん人間はゴミや。ギフトを持っとるわいら暴徒の天下でやり放題できるっちゅーわけや」
ギフトを持たないのでは対抗手段はない。独裁軍事党、その背後の茶位帝国は、すでに国内が魔素に覆われたあとの計画を進めているわけだ。
「わいら殴打隊の本当の役目はな、警告を無視してダンジョンへ入った連中を始末することや。帰って来ない探索者が増えればダンジョンが危険ってのが広まるわけやん? デモに協力するアホが増えるってわけや」
「ふーむ。ということは襲う相手は誰でも良かったと?」
「そ、そうでんがな。あんさんらを狙ったわけやない。穴があれば誰でも良かったんや。わいらは殺すついでに穴を利用させてもらってただけで何も悪うない。せやから助けてぇ……」
血の気が抜けて口も軽くなったのか、ずいぶん素直になってきたものである。
「イモ。どうだ?」
「はい。しっかりスマホに記録しました」
ならば良し。
不遜にも俺の尻穴を狙うなど……これが日本なら死刑となるのも当然の罪状であるが、ここはあくまで異国の地。オリジン国の公判でもって裁くのが筋というもの。
せっかくお腹いっぱいになったところを申し訳ないが、俺は暗黒の霧を再展開。全てのモンスターに猛毒を与え殲滅する。
やれやれ。命を狙う相手を助けようとは俺もとんだお人好しである。
「どうでも良いけど……その男。もう死んでるわよ」
「そうか。済んだことは仕方ないとして、先ほどイモが記録した映像。デモ隊の不正追及に使えないだろうか?」
「アンタ……モンスターを使って拷問してるようなグロ映像。使えるわけないでしょ? こっちが訴えられるわよ。馬鹿なの?」
やれやれ。ただ俺は悪事を追求しただけだというのに……
世間の風はなんと冷たいものであることか。
「でも、まさか殴打隊がそこまでやってるなんてね……正式な資料としては使えないけど、パパを通して大統領に報告しておくわ。ダンジョーもたまには役立つじゃない」




