80.「そう。ダンジョン近くのこの辺りには魔素があるのよ」
翌日。ルームサービスの朝食を終えた俺たちはハンナさんと合流する。
「おはよう。それでこの後どうするつもり? 早速ダンジョンへ行くわけ?」
もちろん。それが目的でここまで来たのだ。
「じゃ、車に乗って。近くだけど安全を期してね」
ハンナさんの用意した車に乗って10分。街中の地面に大きな穴が開いているのが見えてきた。
あの大穴がダンジョン入口。まるでクレーターだな。
直径にして100メートルはあるが……野ざらしなのか。
「ここからは歩いて行くわよ。アンタたちもこれを持って」
ハンナさんが俺たちに手渡すのは拳銃とその予備弾丸。
そして、迷彩服を身にまとい先に車を降りる彼女の肩には大型アサルトライフルが、胸元にはサブマシンガン、腰にはショットガンが吊り下げられていた。
とんでもない重武装。これも自衛のためだろうか?
武装を見せることで、うかつに手出しできないようにと。
「アンタたちだけじゃ舐められるからよ。その服装。何とかならない?」
いったい何が不満なのか?
ダンジョンで動きやすいよう、俺もイモも学校指定ジャージに身を包んでいる。運動するにこれ以上の服装はありえないだろう。
「普通はもっと厚手の服か防具を身に着けるんだけど……まあ自信があると受け取っておくわ」
俺たちを降ろした車はそのまま走り去る。
てことは……俺たちの護衛はハンナさん1人だけ?
元々が俺とイモの2人で行くつもりだったわけだから、ハンナさんだけでも着いて来てくれるのはありがたい話だが……昨晩の襲撃を思うと少々不安でもある。
「何よ? 急にビクついて。昨晩が例外なだけで昼間に人の多い場所で襲ってはこないわよ」
それなら助かるのだが……
俺は辺りをキョロキョロ用心しつつ、おっかなびっくりハンナさんの影に隠れるよう続いて歩く。
「大丈夫です。お兄様は私が命にかえても御守りします」
カチャリ。早くも安全装置を外した拳銃を構えるイモが俺の傍らに寄り添いささやいた。
いやいや。外すの早くないか? 暴発とか大丈夫なのか? と疑問に思わないでもないが……今の俺は無力。イモに守ってもらわざるをえないのだから意見などできようはずがない。
「で? いつまで震えてるのよ? ダンジョー。アンタ身体の調子はどうなの?」
しっかり寝たおかげで昨晩の疲れは癒えている。時差という時差もないため頭もスッキリ。ダンジョン探索するには何の問題もない。どころか、いつもより元気なくらいだが……いや。元気というよりこれは……
「そう。この辺りの地区には魔素があるのよ」
地面に開いた大穴は野ざらし。まだ距離があるにもかかわらず、ダンジョンを溢れた魔素がここまで広がっているわけか。
つまり俺のギフトも使用可能となれば……なんだ。ビビる必要は何もないではないか。仮に不届き者が襲って来た場合も、暗黒の霧を使えば余裕で返り討ち。
「イモ。暴発して市民を傷づけても面倒だ。まだ安全装置は外さない方が良い。もし何かあってもお兄ちゃんが守るから心配するな」
「はい! さすがはお兄様。異国の地で私も少し緊張していたようです」
落ち着いたところであらためて周囲を見れば、大穴周辺。ダンジョン入口を中心に複数の出店が広がり、探索者を目当てとして様々な商売が行われていた。
「ダンジョン行くなら武器を見ていかないっすかー」
「ダンジョンで落ちたアイテムを買い取るっすよー」
「ダンジョン肉料理を食べていかないっすかー」
「ダンジョン行くならポーションいかがっすかー」
「神のご加護。治療魔法いかがっすかー」
品川ダンジョンでは、ダンジョン協会が一括して商品の売買を取り扱っていたが、ここでは誰もが自由に売買できるようである。
「ハンナさん。少し買い物をして行きたいのだが良いだろうか?」
飛行機に搭乗する都合上、包丁など武器の類は現地調達の予定である。
「拳銃を渡したでしょ? それか得意の空手で倒せば良いじゃない」
だから俺はカラテファイターでもニンジャボーイでもない。まあ拳銃はありがたく使わせてもらうが。
「じゃあ適当にそこらの出店で買えば?」
そうさせてもらう。
近くの出店を覗いてみれば、軍用サバイバルナイフが平然と陳列されていた。さすがは海外。銃ですら売っているのだから当然か。
「買うのは良いけど、持って帰れないわよ?」
機内への刃物類の持ち込みは禁止。当然、空港で没収されるだろうが……まあ、俺には関係のない話。軍用サバイバルナイフを購入する。
「イモはどうする?」
「私は必要ありません」
最近でこそゴブリンキングの剣を持ち歩いているが、元々がイモは自宅ダンジョンでも手ぶらだったからな。
「それに……この拳銃。気に入りましたから」
そう言って拳銃を撫でるイモの目は怪しく輝いていた。
「それじゃパーティを組んでいくわよ」
ハンナさんをリーダーに俺たち3人はパーティを結成した。
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装備を整えた俺たちはダンジョン入口へと向かう。
「政府はダンジョンを閉鎖しろー」
「危険なダンジョンに子供を入れるなー」
「モンスターを殺すなー人殺しー」
聞こえる声に目を向ければ、ダンジョン入口付近には複数のテントが建ち並び、プラカードを手に大勢の人が声を上げていた。
「なんだ? あの連中は?」
「どうやらダンジョン反対派によるデモ活動のようです」
イモが翻訳するに、書かれるプラカードにはそれぞれ「反ダンジョン」「全ダンジョン閉鎖」「モンスター保護」「歓迎。茶位帝国」など、いずれもダンジョン閉鎖を求める内容だという。
「オリジン国ではダンジョンは嫌われているのか?」
「嫌われてないわ。無視しなさい」
日本でもダンンジョン反対デモがあるとニュースで聞くが、そこまで盛んではないため、見るのは初めてだ。
デモ隊の前を通り過ぎようとする。
「おら。ダンジョンは閉鎖じゃ」
「帰れ帰れ」
その俺たちの前にプラカードを持った連中が割り込んだ。
「アンタたち。どきなさい。この付近での集会は禁止されてるでしょ」
立ち塞がる連中に対するハンナさん。
「きゃー、どきなさいですって」
「怖いわー助けてー」
「その武器でモンスターを殺すのね。野蛮人」
「人殺しは帰れー」
イモの通訳がないため、何を言っているのか分からないが。
「……道路を封鎖されては邪魔なんだが? 押し退けてはマズイのか?」
「マズイわよ。暴力を振るわれただの骨が折れただの。すぐに弁護士が飛んで来るわ」
まるでヤクザか当たり屋だな……
だとするなら、ぶつかり慰謝料を請求されるのは困りもの。
道を遮ろうとする連中を右に避け、左に避けながら進む俺たちのところへ、数名の兵士が駆け寄って来た。
「デモのみなさん。どいてどいて。ダンジョンへ入る人の邪魔だから」
どうやらデモ隊を排除してくれるようである。
「きゃー。横暴だわー」
「やめてー骨が折れるー」
何やら揉めているようだが、兵士の皆さんもご苦労様である。
何だかんだで、ようやくダンジョンの穴底へと降りる坂道に到着する。その近くにはプレハブ製の小屋が立てられており、前には銃を構える6人の兵士の姿があった。
なんだ? ハンナさんは誰でも入れると言っていたが、やはり最低限の検問はあるわけか。
ゴソゴソ。鞄から探索証を取り出そうとする俺にたいして。
「必要ないわ。あれはデモ隊の排除、それと穴底から出てきたモンスターを警戒するためよ」
なんだ。それなら一安心……って、ちょっと待った。
出て来るだって? モンスターがダンジョンの外にか?
「はあ……日本人は平和ボケで良いわね……そりゃ出て来るでしょ? 魔素のある領域がダンジョンなんだから」




