78.アタシたちに。オリジン国に協力してもらえないかしら?
俺たちを乗せた車は外務省ビルの地下駐車場へ入り停車する。車を降りてエレベータに乗り上階へ。
「この階は来賓用になってるから。遠慮せずくつろいで」
どうりで足元はふかふかの絨毯。壁にかかるインテリアも高級そうなわけだ。
「ふー。どっこらしょ」
応接用だろう。高級そうなソファーに腰かける。
「どっこらしょって……アンタ、おっさん?」
疲れたのだから仕方がない。何せ今日は日本から飛行機に乗って、さらにはカーチェイスに銃撃戦まで体験したのだから当然である。
「そう? アタシたちはまったく疲れてないんだけど? ねえ。イモさん」
「いえ。疲れました。ですから早々にチェックインしてお兄様と部屋で2人きりになりたいところです」
そう言うイモはウェイターらしき服装に身を包んだ男からカップを受け取り、何やら優雅に飲んでいた。
「いやいや。イモさん全然元気でしょ? それ」
だいたいがだ。イモもハンナさんも共にURギフトを持つ身。話によればダンジョン外でもギフトの恩恵が得られるということは、人間離れした身体能力を持つわけで……疲れがないのも当然である。
「そうそう。それよそれ!」
どれだよ?
「イモさんのURギフトよ! 日本ではダンジョンに入れるのは16歳からっていうでしょ? でも……イモさん。どう見ても16歳になっていないわよね? どうやってギフトを?」
「いえ。私は16歳ですので悪しからず」
そう言うイモは、ウェイターから受け取ったフルーツにフォークを差すと俺の口元まで差し出した。
ありがとう。パクリ。
「いやいや! どう考えても嘘じゃない。だいたい私と同じクラスなんだから14か15でしょ」
「いえ。恥ずかしいので黙っていましたが私は留年しています」
そう言うイモは、俺の背後に回ると肩をモミモミ揉み始める。
ふー。気持ち良い。
「いやいや! イモさんの成績は校内1番じゃないの。どうやって留年するのよ……いえ。まあもうそれは良いわ」
あらためてイモに向き直るハンナさんが頭を下げる。
「イモさん。私たちに。オリジン国に協力してもらえないかしら?」
「協力といいますと?」
「見てのとおりうちの国。最近はあまり治安が良くないのよね」
「いやいや……あまりどころか聞いている以上に治安が悪いのではないか?」
まさかいきなり銃撃されるとは思いもしなかった。日本がダンジョンのインフラ整備を請け負ったというが、これでは危険すぎて民間企業が入るのは無理だろう。
「それよ。連中の狙いは」
だから、どれよ?
「ダンジョン開発とそれに伴うインフラ整備はオリジン国の国策よ。そのためにパパが日本へ交渉に行っていることは、みんなニュースで知っているわ。交渉がほぼまとまったって話もね。そんな時に娘のアタシが人を連れて戻るって聞いたらどう思う?」
日本の協力者も一緒に連れて来る。そう思うだろう。
テロが頻発するような危険な情勢。もしも日本の協力者に被害が出ようものなら、マスコミ野党の一斉批判によりオリジン国への協力は難しくなる。
俺たちの乗る車が狙われたのはそのためか?
「これからは魔石エネルギーの時代よ。日本が手を引いたからといってダンジョン開発を放棄することはできないわ」
オリジン国のダンジョン開発と魔力インフラ整備。その入札に手を上げたのは日本と茶位帝国。仮に日本が手を引いたとなれば次に来るのは……
「茶位帝国。そうなればダンジョン開発とインフラ整備を名目に軍隊を派遣、駐留。実質的に支配されるでしょうね」
ということは、今日の襲撃は茶位帝国を引き入れんとする者の仕業だと。そういうわけか?
「ええ。おそらくは独裁軍事党、そしてその裏では茶位帝国が関与してるはずよ。そうでなければあれだけの装備を用意できるはずないもの」
オリジン国の政党の1つが、独裁軍事党。
そのマニフェストには、日米をはじめとした資本主義同盟とは手を切り、隣国である茶位帝国との同盟締結。その支配下で共に世界の栄光をつかもうと記されている。
「いやいや。政党が他国から支援を受けては、しかもテロに関与してはマズイだろう」
「マズイわよ。でも証拠がない。破壊した車を調べさせているけど……証拠は出ないでしょうね」
あっさり尻尾を出すような間抜けではないか。
しかし……いくら何でも自国でテロを起こすなど……
「おやおや。ハンナさんお帰りじゃったかな」
声と同時に俺たちがくつろぐ応接室。そのドアが無遠慮に開かれ1人の老人が入り込んでいた。
「アンタ……独裁軍事党のグンジー委員長。ノックもなしに失礼でしょ。お客さんが来ているのよ」
委員長ということは、この老人が独裁軍事党のトップか?
「ええ。それでぜひワシにも紹介していただこうと思いましてねえ。その日本からのお客さんとやらを」
ネットリ俺たちを見つめるその目つき。ヘビがカエルを見るような、強者が弱者を見下すその目つき。
「必要ないでしょ。ただの留学先の同級生。あくまでアタシの客よ」
「おやおや。だとするなら外務省ビルの客間を利用するのは、いただけないのお」
「客間の使用にかかるお金はアタシが払ってるわ」
「いえいえ。お金の問題ではありませんのお? 公共施設を私的に利用したのでは国民がどう思うかじゃなあ?」
「……聞いてるでしょ? アタシがテロリストに襲われたってこと。巻き込まれた2人をそのまま放り出すわけにもいかないでしょ?」
「……なるほどお。ごもっともじゃのお。しかしテロとは物騒じゃなあ。それもこれも政権与党である民主平和党がだらしないからかのお?」
ハンナさんが言うには、そのテロを裏から先導しているのが独裁軍事党。もしも本当だとするなら、ずいぶん面の皮の厚い男である。
「そうなるとやはりい、ワシも国を代表する議員の1人して、被害にあわれたお2人に挨拶しないのは失礼じゃのお」
「……手短にしてちょうだい。2人とも疲れているから」
「ええ、ええ。もちろんじゃともお」
クルリ。あらためて俺たちを見つめるグンジー委員長。
やれやれではあるが……
「イモ、通訳を頼む」
相手がお偉いさんだというなら挨拶しないわけにもいかない。
2人そろって立ち上がり頭を下げる。
「はじめまして。城 弾正といいます。今日はこのような立派な客間をご提供くださり、オリジン国のみなさんには感謝しております。サンキューベリマッチ」
俺の発言を受けてイモが通訳をはじめる。
「俺の名は城 弾正。このような立派な客間をご提供くださり、オリジン国のみなさんには感謝している。特に一刻も早く身体を休ませたいところ、ご丁寧にもわざわざ挨拶に訪れていただいたグンジー委員長。アンタにはサンキューベリマッチだぜまったく」
イモの通訳を受けたグンジー委員長は、なぜか口をパクパクさせていた。
やれやれ。俺の挨拶が丁寧すぎて驚かせてしまったか? いくら相手がジジイとはいえ、仮にも他国のお偉いさん。国際問題とならないよう、挨拶ていどはこなすというのに。
「そ、それはお疲れのところ失礼しましたなあ。お2人はハンナさんのご学友だそうじゃが、わざわざ危険なオリジン国へどうしてじゃのお?」
「えーと、それは黄金肉を、ではなくてですね……その」
「やれやれ。たかが旅行するにも理由が必要か? だが、まあ良いだろう。いいか? 俺の最愛の妹にダンジョンを経験させたくて来たのだ。何せ日本では年齢制限から入れないのでな」
「な、なるほどお。詮索したようで失礼しましたなあ。我が国のダンジョンに年齢制限はないからのお。じゃが、将来ある子供までもが危険なダンジョンとは……いかんなあ。いち早く制限を加えないとお」
うん? 意外と子供思いの良い老人なのか?
だとするなら、赤子も子供も老人も。国民全員にダンジョンを強制する茶位帝国とは相容れないはずだが……
「ということはあ……明日はダンジョンへ行くのかのお?」
「はい」
「さよう」
「それならあ……気を付けるんじゃぞお? 民主平和党が情けないものじゃから最近はテロが横行しておってのお。お2人に何かあればあ……日本でも大きなニュースとなって、せっかくの日本からの援助が中断しかねんからのお?」
グンジー委員長は俺の肩をポンポン叩くと、退出するべく背を向ける。
「あ、はい。どうも……わざわざ、すみませんでした」
「やれやれ。党を代表するジジイだというから挨拶してみれば見舞金もなしとはな。軍事独裁党とやらもお里が知れるぜ。まったく」
ピクリ。部屋を立ち去ろうとする委員長は、何を思ったか踵を返すと俺の足元にお札を叩きつける。
「これで良いじゃろおおお? ええ? 薄汚いジャパニーズがあ! ペッ」
うさん臭い表情から一変。明らかな怒気を見せながらグンジー委員長は部屋を出て行った。
な、何だったのだ?
「お見舞金だそうです。お兄様。もらっておきましょう」
ふむ。さすがは党を代表する委員長。なかなかに気が利くではないか。そういうことであれば俺は遠慮なくお札を拾い集める。
「ぷっ。あはははっ。あーおかしい」
何がおかしいのか? ハンナさんが腹を抱えて笑い出す。
「いえ。学校でのイモさん。もっと真面目な優等生だとばかり思ってたけど……アンタたち2人。良いコンビかもね」
そもそもが笑っている場合でない。グンジー委員長の言葉。テロに気をつけろなど……明らかな脅しではないか。
「ダンジョンにはアタシも同行するから安心なさい」
ハンナさんが同行するなら確かに安心であるが……
「今の老人。グンジー委員長はハンナさんがURギフト持ちだと知らないのか?」
「わざわざ言いふらしたりはしてないけど……たぶん知ってるでしょ。あの男の情報網があればね。さすがにURギフトが外で使えるのは知らないでしょうけど」
それなら明日は大丈夫か。さすがにダンジョンでURギフトを相手にするような馬鹿な真似はしないだろう。