62.「暗黒打撃。その邪な右腕を封じさせてもらった」
クラスメイトと別れた後。俺はもう1度、品川ダンジョン地下1回へ戻り降りる。
今日の最大の目的。自宅から持ち出した魔石をまだ売却していないからだ。
地下1階の狩場。大勢の探索者が必死でモンスターを狩る中、俺は余ったモンスターだけを狙い狩る。ただの時間潰し。他の探索者の邪魔をしても仕方はない。
そうして1時間程度が経過したころ。
狩場をうろつく俺の目は、同じく狩場でモンスターを追いかける1人の探索者の姿を捉えていた。
石ころを手にモンスターを追いかける。
見つけたアメーバ獣に石ころを投げようとするその寸前。
グサリ。アメーバ獣にボルトが突き刺さる。
「悪い悪い。でも早い者勝ちだからさあ」
クロスボウから警棒に持ち替えた男は、そのままアメーバ獣を殴り始めていた。
狩場のモンスターは早い者勝ち。
ガックリ。獲物を逃した探索者は再び別の獲物を求めて狩場をうろつき始めていた。
しかし、見るからに危ない足取り。
右手に包丁。左手に石ころだけを手に歩き回る姿は、どう見ても初心者のそれである。
くわえて……それが少女であるなら、なおさら危ないというもの。
「ういーっす。可愛い子ちゃん。俺らとひと狩り行こうぜ」
「へい。その後でホテルも行こうぜ」
「ええやろ。減るもんじゃねーし」
案の定。3人組の探索者が少女に声かけていた。
まったく。狩場はモンスターを狩る場であって少女をひっかける場ではないというのに……
「な、なんですの。貴方たち」
いきなりの声掛けに、おっかなびっくり少女が受け答える。
「ういーっす。行こうぜ行こうぜ」
無理矢理に腕を取り引っ張る3人組。
地下1階。狩場の行為は全て監視カメラで撮影されている。
そのような無理矢理なパーティ勧誘。ダンジョン協会に知られようものなら資格剥奪だというのに……
「ホテル、ホテル」
それはあくまで事後の話。
いくら連中が処罰を受けようとも、少女がニャンニャンされた後では意味がない。
俺は少女を連れて行こうとする3人組に声かける。
「彼女は俺の知り合いなので手を放してもらえますか?」
「あっ。城さん」
賀志子さん。
パーティ解散とともに自宅に帰ったものだと思っていたが。
「んだ。お前?」
「俺らが先に声かけたんよ?」
「抜け駆けはアカンで」
抜け駆けも何もパーティ結成にはお互いの同意が必要。
「強引なパーティ勧誘は禁止ですよ?」
「なーにが禁止ですよ? じゃい」
「同意があればええんじゃろ」
「ヤクをぶち込んで言いなりにすりゃええんじゃ」
そのような行為はエロビデオの中だけにしていただきたい。
フィクションであるから抜けるのであって、事実であれば可愛そうという感情が優先され抜けるものではない。
少女の手を取り引っ張る男。
俺はその男の腕をつかんだ。
「なんじゃい? 俺は男と手をつなぐ趣味はねーぞ」
もちろん俺にもない。
これは暗黒打撃の応用。
握る相手の腕に暗黒魔法のうち麻痺と恐怖だけを注入する。
デバフ発動:ヤリチン大学生Aの右腕は麻痺した。
デバフ発動:ヤリチン大学生Aは恐怖した。
「あひ? お、俺の右腕が急に動かへん!」
麻痺で固まる男の腕を、賀志子さんから引き離す。
「ダンジョン協会には俺から報告しておきます。後で注意があるでしょうからよろしく」
「なーにがよろしくじゃい。そんなん報告されたら俺らクビやんけ」
「その前におめーを黙らせりゃええんや」
ナイフを手に。麻痺していない男2人が飛びかかる。
「監視カメラっつてもよー。誰が24時間ずっと見てるっつーねん」
「おめーをぶっ殺してもモンスターのしわざで終わりやで」
なるほど。確かにもっともではあるが、狩場には他の探索者もいるわけで今もお前たちの凶行は見られている。殺したならとても言い逃れは不可能な状況。つまり、俺もお前たちを殺すわけにはいかないわけで……
ドカドカーン
俺の右拳が2発。男2人の身体にめり込んだ。
デバフ発動:ヤリチン大学生Bの右腕は麻痺した。
デバフ発動:ヤリチン大学生Bは恐怖した。
デバフ発動:ヤリチン大学生Cの右腕は麻痺した。
デバフ発動:ヤリチン大学生Cは恐怖した。
「お、俺の右腕がー」
「う、動かへんでー」
男2人はナイフを取り落し、右腕を押さえてうずくまる。
「暗黒打撃。その邪な右腕を封じさせてもらった」
ダンジョンにおける俺はSSR+にして総合評価9.5点。LV26の無敵ハンサム暗黒魔導士改様。
それに対して、地下1階で戦っている男たち。
そのLVは、せいぜいが2か3だろう。
いくらナイフを持とうが俺の相手になろうはずもない。
そしてこのような低俗な台詞。言いたくはないのだが……
「おらー。お前ら。次に姿を見せたらぶっ殺すぞー」
「あひー」
「命だけはー」
「ご勘弁をー」
脅すには相手のレベルにあわせた台詞でなければ伝わらないのだから仕方がない。
連中のことは後で受付に報告しておくとして、ひとまず俺は賀志子さんを連れて狩場を後にする。
「じょ、城さん。そのありがとうですわ」
「賀志子さん。みんなと別れた後もダンジョンに残ったんだ?」
俺の言葉に賀志子さんは顔を赤くうつむいた。
「その、わ、わたくしと会ったことは内緒にしておいてくださるかしら?」
それは構わないが、その心やいかに?
「今日の狩場でのこと。貴方も一緒だったので見ていましたでしょう? わたくし。あまり役にたっていませんでしたもの」
まあ、確かに。
「だからですわ。特訓ですわよ」
なるほど。だとしても。
「女性1人は危ないよ。今日のようなことが今後も起きかねないから」
さすがに今日のように強引な連中、そう居ないとは思うが。
「佐迫さん、只野さんと一緒に行動した方が良いですよ」
「それではいつまで経っても、わたくしは足手まといのままですわ。そうなれば、いずれわたくしも城さんのようにパーティを追放されてしまいますわ」
いや。俺は追放されたわけではなくて、自分から抜けたのだが……傍目には追放されたように見えたのだろう。
そもそもが只野さんのSR、佐迫さんのRに比べて、賀志子さんの学徒はNギフト。同LVであれば足を引っ張るのは確かな事実。
「別に無理にダンジョンに入らなくても良いのでは?」
お金を稼ぐだけなら、他にいくらでも方法はある。
SSRギフトを獲得した俺のように、事前に成功が約束されているならともかく、不向きであると判明している探索者を続ける意味はない。
「いえ。それではダメなのですわ。父が言っていましたもの。いずれモンスターが出てきた時に戦えるだけの力を……」
モンスターが出て来る? いったい何のことだ?
「あっ。いえ……その……内緒ですわ」
賀志子さん。確か父親が市議会議員を務めていたな。
何か一般に公表されていない情報を知っているのだろうか?
……だがまあ内緒だというのなら追及しても仕方がない。
「それなら俺と一緒にダンジョンを探索しないですか?」
「……え? 貴方と?」
「1人は危ないうえに今さら内緒も何もないだろうし」
あくまで自宅ダンジョンが優先。
品川ダンジョンは2、3日に1回くらいが限界となるが。
「ですが……その、わたくし足手まといですわよ?」
それは承知の上。
「ギブアンドテイク。その分、俺の取り分を多くしてもらえれば」
俺が品川ダンジョンを訪れるのは、ただのアリバイ作り。
主目的は自宅から持ち出した魔石の売却にあり、効率は求めていない。
「し、仕方ありませんわね。貴方はお金に困っているようですし……協力してあげますわ」
「ありがとう」
その後、俺たちはお互いの連絡先を交換し別れた。
賀志子さん。これまではクラスメイトというだけで特別な接点はなかったが……ダンジョンを契機に親しくなれるなら好都合というもの。
何せ彼女の父親は市会議員。
彼女自身がNだとしても、その父親がSRクラスの大物であるならば、お釣りが来るだけのリターンが得られるからだ。
魔石を売却。4万円を手に俺は帰宅についた。
4972万3589位 → 3861万2821位:城弾正




