55.白ハト様
公園でハトを2羽保護した俺たち。
リュック内のハトが騒ぐトラブルもなく、無事に自宅へ帰り着く。
「ただいまー」
さっそく自宅ダンジョンに入るべくイモの部屋へ。
「あれ? 窓が開いてるー」
うん? 確かに出る時の戸締りはしていたはずだが?
「にゃん」
開いたままの窓からニャンちゃんが1匹、顔を出した。
「あー! ニャン太郎が開けたのー?」
確かニャンちゃんたち3匹はダンジョンに入って行ったはずが、いつの間にかニャン太郎だけが屋外へ行っていたようだ。
「おかえりー。どこ行っていたんだー?」
イモがニャン太郎を抱き上げ室内に入れると、ニャン太郎に続いて1匹のネコが室内に入って来た。
「あれー? 誰だろう初めて見る子だー」
なんだ? この猫太郎。またハーレム要員を連れて来たのか? 春は猫の発情期というが……エロすぎるだろう。
だが、今はそれが好都合。
今日の俺のテーマは、ニャンちゃんたちが草原広場で寝泊りできるようにすることである。
モンスターの沸き出す草原広場で寝泊りする方法。
それは、大勢で草原広場を占拠、要塞化すること。
幸いにもモンスターの湧き出す数も少なければ、湧き出す間隔も長い。夜間は交代で見張りに立ち、モンスターが現れる端から始末すれば良いわけで。
「そのための策がこれだ」
自宅ダンジョン地下1階へ降りた俺は、リュックからハトを2羽取り出した。
交代で見張るには、ニャンちゃん3匹では数が不足する。
不足するなら数を増やせば良いというわけで。
「やったー! ダンジョンでハトさんを飼うんだー」
いや。正確には飼うわけではない。
鳥獣保護法により野鳥を飼育する行為は禁止されている。
あくまでハトが勝手にダンジョンに住み着いただけである。
俺としてもやれやれ困ったなという状態であるからして、俺に罪はないわけで……
「クルッポー」「……クゥ」
「どうでもいいけど、おにいちゃん。1人死にかけてるよ!」
おっと。そうだった。
チンピラ大学生に蹴られた1羽はグッタリ動かない。
慌てず騒がず俺はD級ポーションを振りかけるが。
「……クゥ」
ハトは弱々しく泣くばかり。
外傷は治療したが、やはり内臓にもダメージがあるようだ。
「もっと高いポーションが必要なのかなー?」
「無理だ。そんなお金はない」
C級ポーションは100万円。内臓損傷にも効果ありというB級ポーションにいたっては驚きの1000万円。
「やっぱりあのカスたち殺しておくべきだったね。今からでもイモが殺して来よっか? ついでにお財布からお金を巻き上げれば一石二鳥だよね?」
いやいや……イモもすっかり冗談がうまくなったものだ……ま、まあ冗談は置いておいて。
「大丈夫。まだ方法はある。ギフトだ」
ギフトを獲得した者は超常能力を手に入れ、その肉体も、自然治癒力も強化される。
LVが上がればなおさらで、すぐに死ぬことはなくなるだろう。
現に俺の怪我した左腕もLVアップを重ねる事で、病院に行くことなく自然治癒したのだ。
「というわけで、ハトさんにはモンスターを退治してもらいます」
「おー!」
適当なモンスターを見つけて、暗黒魔法で弱体。死にかけたところをハトさんに突かせるわけだが。
「にゃー」「なー」
いつの間にかダンジョンに残っていた2匹のニャンちゃんが戻って来ていたようだ。
その口には死にかけてピクピク痙攣するネズミ獣。
うち1匹を新しくニャン太郎が連れて来たニャンちゃんの前に置いていた。
そうか。ニャン太郎が連れて来た新人ニャンちゃんにもギフトが必要。ニャンちゃんたちで事前に瀕死のモンスターを用意していたわけだ。
モンスターを探して来る手間がはぶけたというもの。
「ニャンちゃん。1匹をハトさんに分けてくれないか?」
「にゃー?」
「ニャン美。お願いだよー」
「にゃん!」
ニャンちゃんはハトさんの前にネズミ獣を1匹置いていた。
何か俺の頼みは無視されたような気がしないでもないが……ま、まあ相手は気まぐれニャンちゃん。それよりも
「よし。ハトさん。やれ。遠慮なく突っついてくれ」
「がんばればんがれー」
「……クゥ」
さすがに内臓を負傷しては突っつく元気もないか?
だとしても、何としても突っついてもらわねばならない。
俺はリュックからハト用エサを取り出し、瀕死のネズミ獣に振りかける。
目の前のエサを食べようと必死でくちばしを伸ばすハトさん。
コツン
「チュー!」
そのくちばしの一撃により、ネズミ獣は紫煙となりハトさんに吸い込まれていった。
「よし! アクセプト! ハトさん」
ハトさんと繋がる感覚。
どうやら無事にギフトを獲得できたようだ。
「ハトさんがんばった……イモは感動だよ!」
イモが感動する間に新人ニャンちゃんともう1羽。白いハトさんも無事にエサ塗れとなったネズミ獣に止めを差していた。
「それじゃ追加でアクセプト」
こうして無事に俺+イモ+ネコ4匹+ハト2羽の8人パーティが完成する。
「とりあえず新人ニャンちゃんとハトさんはここで待機していてくれ」
その間に俺たちで地下1階、地下2階のモンスターを狩りまくる。パーティ効果によるレベリングで1匹と2羽のLVを上げてやるのだ。
「おー! ニャン太郎、ニャン子、ニャン美、行くよー!」
イモはニャンちゃん3匹を連れて地下2階へ。
「暗黒の霧よ。地下1階を漆黒の闇で満たしたまえ」
地下1階の全てを暗黒の霧で満たした俺は、残る3人の護衛としてその場で待機する。
テレレレッテッテー
む? 早くも俺のLVが上がったな。
おそらくは地下1階に黄金モンスターがいたのだろう。
もちろんパーティとはいえ、何も貢献していない1匹と2羽に分配される経験は少ない。それでも黄金モンスターから得られる経験は段違いに多いのだから──
「にゃ?!」
「クルッポー?!」
「クゥ?!」
そのおこぼれだけで1匹と2羽もLVが上がったようだ。
「にゃんにゃんにゃん!」
LVアップで元気が有り余っているのか、元気いっぱい辺りを走り回る新人ニャンちゃん。通路の先にモンスターを見つけ走って行ってしまった。
……まあ良いか。
暗黒の霧により地下1階でまともに動けるモンスターは存在しない。危険はないだろう。それどころか、弱ったモンスターに止めを差して回る方が本人の経験となる。
問題はこの2羽だな……
「……クゥ」
LVアップで体力が増えたとはいえ、内臓の傷は治らない。
今のままではただ死期が伸びたにすぎないのだから。
それでもこの調子でLVを上げていけば自然治癒力も強化されるわけで、いずれは治ると思うのだが……俺の怪我とはわけが違う。折れた骨が内臓に刺さるなどしていれば、自然回復だけでは無理がある。
「クルッポー!」
苦し気に呻くハトの隣で、突然に白ハトが大きく羽を広げた。
「クルッポー!」
バタバタ羽ばたく羽にあわせて、辺りに舞い散る白い光。
なんだ? 羽が抜け落ちているのか?
いや……羽ではない。物体ではない。これは魔力の光。
試しに光に触れてみれば、ほのかに暖かい。
なんだか癒されるような……これはポーションを塗布したのと同じ感覚?
「クルッポー!」
舞い散る光は、怪我で動けないハトさんの身体に降り積もり……
「……クゥ? クゥックー!」
これまで呻くしかなかったハトさんが元気に鳴き声を上げていた。
マジかよ……これは治療魔法か?!
こいつ、白ハトの野郎……治療魔法を習得しやがったのか?
「凄いぞ……」
治療魔法使いは貴重である。
SR以上のレアでなければ、治療魔法使いは生まれない。
全探索者のうちの10パーセントがSRギフトといっても、SRギフトの種類は無数に存在するわけで、その中から治療魔法使いとなればさらに少数となる。
治療魔法使いの不足から、上位ランカーを断念せざるをえないパーティがいくつも存在するのだ。
「うおー!」
その貴重な治療魔法使いがだ。無料で手に入ったのだから、冷静沈着、何事にも動じない俺が叫ぶのもやむをえないといえるだろう。
「うおー! 白ハトさん! 白ハト様! ばんざーい!」
よくよく考えれば、ハトは平和の象徴と呼ばれる存在。
宗教由来の言い伝えで実際は不衛生な生物だとしても、現在は平和の象徴なのだからして問題はない。
とにかく。これはダンジョン探索における大きなアドバンテージである。
「なになにー? おにいちゃん大声上げて」
あまりに騒ぎすぎたか、いつの間にかイモが俺のもとまで戻っていた。
「イモ。凄いぞ! 見て見ろ。この白ハト様を!」
俺の指さす先で2羽のハトさんはお互いの首筋をつつきあう。
「わー。すっかり仲良しだね。いつ交尾するのかなー?」
いや。それにも興味はあるが、今注目すべきはそこではない。
「白ハト様はなんと治療魔法が使えるのだ!」
「あ、それで怪我したハトさんも元気なんだー」」
ようやく白ハト様の偉大さを分かってくれたようだ。
「よし。イモ。草原広場へ行こう!」




