53.お買い物。その2
クラスメイトと別れた俺は、品川駅通路に残したイモの元へと急ぐ。
ようやく遠目にイモが見えてきたのは良いが、その近くに3人の男性が取り巻いている姿までもが見えていた。
「ういーっす。可愛い子ちゃん」
「俺らと一緒にカラオケ行こうぜー」
「ええやん。減るもんじゃねーし」
しまった。人通りの多い駅通路。イモのような美少女が暇そうに立っていたのではナンパされるのも当然である。
「すまんイモ。待たせた」
俺は急いで男たちの脇をすり抜けイモの前へ辿り着く。
「もー。おにいちゃん。おそいー」
「まあまあ。お菓子買ってやるから。ほら行くぞ」
「おー」
イモの手を取り足早に歩き立ち去ろうとするも──
「いやいや。お兄ちゃん。俺らが先に声かけたんよ?」
「抜け駆けはアカンで」
なんだ? ゴールデンウイークで浮かれているのか?
普通は相方がいたなら諦めて次へ行くものだろうに。
「えーと。抜け駆けも何も兄妹なものでして……」
大学生だろうか? 俺より明らかにガタイの良い青年が3人。
「お兄ちゃんならさあ、また今度に出かければええやろ」
「今日は俺らに妹さんを譲ってくれよ」
「ええやん。減るもんじゃねーし」
正直、これ以上に絡まれては俺が困ったことになる。
いくら俺がSSR最強の暗黒魔導士とはいえ、それはダンジョンにおける設定で現実には関係のない話。もしも、ここで小突かれでもすれば、俺はあえなくダウンしてしまうだろう。
「もーいいから。おにいちゃん。行こーっ」
言うが早いかイモは俺の手を引っ張り走り出していた。
「はあ。はあ。イモ……足が速いな」
駅通路を走り抜け構外へ。男たちの姿は見えなくなっていた。
「それで、おにいちゃんどこ行くの?」
逃げるためにつないだままの手。
男たちもいなくなった今、つないだままでいる必要はないが、イモの手は柔らかい。
イモが何か言うまではこのまま、俺は当初の目的である駅併設のデパートへ向かった。
「アウトドアの用品店?」
「ああ。リュックを新調しようと思ってな」
従来使っていたリュックでは、モンスタードロップを集めるのに容量が不足する。
「……これだな。このクローゼットサイズのリュック」
容量は驚きの180リットル。従来の約4倍のサイズである。試しに展示品を背負ってみるが……
「ぷっ。なにこれー。おにいちゃんより大きいよー」
確かにデカイ。地面を擦ることはないが、横幅はあきらに俺より大きい。後ろから見たのではリュックに隠れて俺は見えないくらいだ。
普通は俺の体格でこのように巨大なリュックを背負って起伏の激しい洞窟を歩き続けるのは無理なのだが、ダンジョンにおける俺のLVは23。身体能力は大幅に強化されており問題はない。
購入した店で外装を引き取ってもらい、ひとまずは従来のリュックの中へしまっておく。
続いてやって来たのは同デパート内ペット用グッズの専門店。
「おー。ニャンちゃんグッズがいっぱいだー」
猫は1、2を争う人気ペット。当然グッズを扱う面積は広い。
「どれが喜ぶだろうねー。悩むよー」
いや……ニャンちゃんグッズが目的ではないのだが……嬉々としてグッズを漁るイモを前には言い難い。まあ、ニャンちゃんには今後も働いてもらうのだ。何か1つ買って帰るか。
「これだー。ニャンちゃんハウス。これが良いと思うなー」
なるほど……考えもしなかったがニャンちゃんハウスか……確かにありである。となれば気になるお値段は……1万円。無理である。
「ハウスはダンボールで自作してみよう。ニャンちゃんも既製品より俺の作った物が嬉しいだろう」
天才暗黒魔導士によるハンドメイド。喜ばないはずがない。
「そっかー。うん。それじゃ……これ! ニャンちゃんブラシ。これで毛づくろいしてあげるんだー」
気になるお値段は……2000円。まあこれなら良いか。
イモがブラシを見繕っている間に、すでに俺はお目当ての餌を見つけていた。イモの持って来たブラシと一緒に購入。デパートを後にする。
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イモと2人。次に訪れたのは駅近くの公園である。
複数出店するキッチンカーからお弁当を購入。行楽日和とあって賑わう中、運良く空いているベンチに座り昼食とする。
「ポカポカで外で食べるの気持ち良いねー」
食べ残しを狙ってか公園には複数のハトがたむろするが……さすがにこれだけ人がいてはな……先にイモの用事を済ませるか。
「イモ。何か観たい映画あるのか?」
「お? 次は映画? それならー」
イモの希望により、俺たちは海外産3DCG映画を堪能した。子供向けと侮っていたが、うまく感動させるものである。
その後もイモの服を買ったり、クレープを買ったりするうちに時刻は夕方となっていた。
「それじゃイモ。最後に俺に付き合ってくれ」
すっかり薄暗くなった公園を再度訪れる。
行きかう人の姿もまばらなら、餌を求めてうろつくハトの姿もまばらである。
さて……どれにするか。
公園をちょこまか歩き回るハトを目で追っているうちに、1羽の真っ白なハトが目に入る。
「うわー。綺麗なハトだよ」
珍しいな……
一般的なドバトは灰色であるが、稀に白色となる変種が誕生する。しかし、自然界で白色のハトは長生きできない。目立つ白色は害獣にとって格好の標的となるからだ。
そうだな。どうせ早死にするのであればアイツにするか。
「ねえ。ねえ。おにいちゃん。餌をあげてもいい?」
駄目である。
ハトは害獣。ではないが、いたずらに数が増えては糞尿被害が拡大する。公園での餌やりは推奨される行為でない。
が、今回だけは特別である。
「いいぞ。ほら。この餌を使うと良い」
俺はペットショップで購入したハト用エサの袋を開けた。
「えー? おにいちゃんこんなの買ってたんだー」
イモがニャンちゃん用ブラシを選んでいる間、俺が探していたのがこのハト用餌。
「よーし。ハトさんハトさん。こっちだよー」
イモがエサを手にハトに近寄ると、周囲のハトたちは何の警戒もなく地面に撒かれた餌をせっせとついばみ始めていた。
ハトたちがエサに夢中となる隙に、俺は買ったばかりのクローゼットサイズのリュックを取り出しその口を開ける。
「……? おにいちゃん?」
周囲に人目のないことを確認した俺は、背後から手早く白ハトに近づき捕まえリュックに放り込むとチャックを閉めた。
「えー……」
残されたハトたちは仲間のハトが消えようが、気にもせずエサをついばみ続ける。
「イモ。帰るぞ」
そっとリュックを背負い直した俺はイモに声かける。
「ハトさん……勝手に持って帰って良いのかなー?」
駄目である。が、良いのである。
公園にハトは多い。1羽や2羽いなくなったとて誰も気にはしない。それどころか糞尿被害が減って喜んでくれるだろう。
「そっかー。それなら大丈夫だねー」
実のところ全く大丈夫ではない。
許可なく野鳥を捕獲するのは鳥獣保護法に反する行為。
よって俺は見つからないよう、リュックに隠して持ち帰るのである。




