52.お買い物。その1
4/30(火)祝日
翌朝。イモの部屋で目覚めたのは良いが……お腹が重い。
見ればお腹の上にニャンちゃんが1匹乗っかり眠っていた。
まあ、それは良いのだが……なぜに床で寝ていたはずの俺が、毎回イモのベッドに入り込んでいるのか?
俺の寝相にも困ったものである。
■SSR+ 暗黒魔導士改 LV23 2↑UP
・スキル:暗黒の霧+
(五感異常、全能力減少、毒、腐食、魔力減少蒸発、恐怖、麻痺、睡眠、混乱、放心、封印、闇耐性減少、光耐性減少)
闇耐性減少(New)闇属性の攻撃に弱くなる
光耐性減少(New)光属性の攻撃に弱くなる
・スキル:暗黒抵抗:暗黒強化:暗黒打撃:暗黒熟練
・EXスキル:プリンボディ:鋭利歯:偽装:牛パワー:超音波
ダンジョンに撒いておいた暗黒の霧が功を奏したようで、寝ている間に俺のLVは2上がっていた。
「おにいちゃん。おはよー」
イモがにっこり笑顔で目を覚ます。
俺が一緒のベッドで寝ているにも、イモは平常運転。
ならば……まあこれで良いか。
兄である俺が変に意識するのもおかしな話。
「おはよう。イモもLVは上がったか?」
寝ている間にモンスターを退治しているのは俺の闇黒霧だが、パーティメンバーであるイモ、ついでにニャンちゃんたちにも少ないながら経験が分配されている。
「お? おおう! 凄い! イモのLV30なってるよー!」
マジかよ?! いつの間に……いや、当然か。
俺が品川ダンジョンに行っている間も、イモは自宅ダンジョンにこもっていたのだ。黄金モンスターによる圧倒的効率の自宅ダンジョン。差が開くのも当然である。
「にゃん」「にゃー」「なー」
3匹のニャンちゃんも朝から元気いっぱい。
朝ご飯を求めてダンジョンへ飛び込んでいってしまった。
「イモたちもダンジョンへ行こうよー」
「まあまあ。イモよ。今日はちょいと買い物につきあってくれないか?」
「お? デート? おにいちゃんとデートだー」
兄妹だからデートではないが……せっかく喜んでいるところに水を差す必要もない。
「それじゃイモ準備するねー」
まだ俺がいるというのに、そそくさとパジャマを脱ぎだすイモ。まったく……いつまでも子供で困ったものだ。
俺は紳士のマナーとして薄目で見るにとどめ、イモの部屋を後にした。
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自室で服を着替えた俺はイモとそろって電車に乗ると、品川駅へやって来た。
「おにいちゃん。どこ行くのー? 映画? 遊園地?」
俺は買い物と言ったのだが……イモが希望するなら買い物の後で映画に行くのもやぶさかでない。
「その前にちょっと待っていてくれ。お金をおろしてくる」
「あーい。でも、おにいちゃんカード持ってたっけ?」
「ここにあるのだ。この探索者カードがな」
駅通路にイモを待たせ、駅地下にある品川ダンジョンへ。
まだまだゴールデンウイークまっさかり。ロビーに人は多いが、受付に並ぶ人はそれほどでもない。少しの待ち時間で俺はカウンターまで辿り着く。
「いらっしゃいっす。本日はどのようなご用件っすか?」
「これの換金お願いします」
探索者カードと一緒に自宅から持ち出した魔石80個をカウンターへ提出する。
チャリーン
しめて現金4万円。これが本日の軍資金となる。
6515万6631位 → 4972万3589位:城弾正
「お客さんやるっすね。このランキングだと国から補助金が出るっすよ」
補助金か。探索者講習で聞いてはいるが……
「ちなみにいくらぐらい貰えるのでしょう?」
「えーと……年額にして2400円っす」
うむ。ショボい。
確かに無いよりはマシであるが、役所へ手続きに行く手間を考えれば微妙である。
「参考までにランキング1位だといくら位なんでしょう?」
「1位だからって特別な報酬はないっす。ランキング1万位に入れば満額支給で年額10万円っす」
うーん……ショボイ。
やる気ないだろう? これ。と思いきや、ロビー内の各処には「来たれ若人探索者!」といったポスターが幾枚も貼られていたりする。やる気があるのか無いのか分からんな。
「これでも国は頑張ってるんすけどね。刃物を振るう暴力行為に国は補助金を出すのかといった反対デモが多くてっすね。なかなか法案が……」
あの。長くなりそうなら別に結構ですので。
「そっすか? あ、でもっすね。他にもランキングの上がった探索者には刀剣類の携帯と銃器類の所持が許可されるよう審議が進んでいるんすが、これも反対が多くてっすね……」
いえ。もう結構ですので。
その後もペラペラ口の止まらない受付嬢を引きはがし、何とかかんとか俺は受付を後にした。
「ういーっす。城やんけ」
「お前もダンジョンけ?」
換金を終えてイモの元へ向かう途中、俺の姿を見つけた同年代の男子3人から声がかけられた。
誰かと思えばクラスメイトの……誰だっけ?
「ワイは助田や! SSR聖騎士の助田や!」
そうだ。助田と連れの男子2人。
2日前にギフトを獲得したばかりで、もうダンジョンに来たのか。俺と同じようにお金に困っているのだろうか?
「ちゃうで。なんやネットで調べたんやけど、ワイの聖騎士ちゅうのは凄いらしいからな。いっちょダンジョンで試そう思うてな」
なるほど。未知の力を試してみたい気持ちはよく分かる。
「ちょりーっす。城っちやん」
「ども久しぶり」
「ちょっと。なんでまた男子がこんな場所に」
またまた誰かと思えばクラスの女子3人組。
彼女たちもダンジョンに来ていたのか。
R剣士の佐迫さん。
SR強化魔導士の只野さん。
N学徒の賀志古さん。
つい先日、一緒にダンジョンへ入ったばかりの仲だから当然に覚えている。
「ちょうどええやん。またみんなでダンジョン行こうや」
「マジー? うちらを守ってくれるって感じ?」
「ワイに任せとけ。なんせSSRの聖騎士やで」
「そうだね。せっかくだし一緒に行こう」
3人とはいえ女子だけは危険。確かにその方が良いだろう。
本来なら俺もクラスの女子と仲良くなりたいところだが……今日はイモと買い物の日。泣く泣く諦めざるをえない。
「すみません。みなさんこれからダンジョンアルか?」
ワイワイガヤガヤする中、突然に俺は背後から少女に声かけられた。
「お、お、おう。せやで」
俺に代わり、なぜか裏返った声で答える助田。
振り返ってみれば……なるほど。
裏返る気持ちは分からないでもない位の美少女が居た。
身長165はあるだろうか? スレンダーながらに盛り上がった見事なプロポーション。さらには裾にスリットの入ったスカート姿がおよそダンジョンに似合わず艶めかしい。
「すみません。急に話しかけてしまって。私も探索者になったアルけど、ここまで来て1人でダンジョンへ入るのが怖くなって……」
「そ、そ、それならワイらと一緒に行かへんか?」
「うん。一緒に行こうよ」
「モデルかなんかやってんの? ちょー綺麗」
ここに居るからには探索者なのだろうが、荒くれ者も多く暗がりも多いダンジョン。モンスター以前に美少女が1人で来るような場所ではない。
「嬉しいアル! ご一緒したいアル」
まあ、さすがに人目も監視カメラもあるから大丈夫だろうとは思うが……探索者になりたての、ダンジョンのことを何も知らない素人だろうか。
「よろしくアル。よろしくアル」
律儀に1人1人の手をとり握手する美少女。
「でへへ……よ、よろしくやで」
「うひょー」
とりあえず、ここで俺たちと合流できたのは幸いである。
例え見ず知らずの他人であっても、美少女が不幸となる姿を見たくはない。
「よろしくアル」
俺の前で立ち止り、笑顔で右手を差し出す美少女。
「よろしく」
美少女ならイモで見慣れているため、俺の声が裏返ることはない。俺は笑顔でその手を取り握りしめた。
さすがに美少女だけあって、その手も柔らかい……と思いきや微妙に硬い。なんだ? マメかタコか?
おっと。これ以上にのんびりしてイモを待たせるわけにはいかない。手も握ったことだし、ここらでお暇するか。
「ごめん。俺は妹と買い物あるから、これで失礼します。がんばってきてください」
「ええっ!?」
端正な顔で大口を開けて驚く美少女。
いや。そんな驚くようなことか?
俺がいなくても6人が一緒なら危険もないだろう。
「マジー? 付き合い悪すぎって感じ?」
「せやせや。と言いたいが、ライバルが減るなら歓迎や」
「そやそや。後は俺らにまかせとけ」
お邪魔虫はとっとと消えるとする。
握手を終えてその場を離れようとするが……
「あの、あの。あなた。城さんは一緒じゃないアルか?」
美少女は俺の手を離すまいと必死に握り訴える。
……俺はいつの間に自己紹介したのだろうか?
「残念ですけど城さん。また今度ですわ」
「妹さんによろしくね」
そうか。他のクラスメイトが俺の名前を呼んでいたのか。
しかし美少女な見た目に反して力があるな。痛いほどだ。
「大丈夫や。経験者の城がいなくなるのはアレやけど、ワイはSSRの聖騎士やで」
「ええっ!? SSR……聖騎士アルか?」
再び大口を開けて驚く美少女。
握っていた俺の手を放り捨て、助田の元へ走り寄る。
「あの。あの。あなたが聖騎士って本当アルか? 本当はあなたが城アルか?」
「違うで。ワイはSSR聖騎士の助田や。ワイが君を守る」
よく分からんが……俺はとっととイモの所へ戻るとしよう。




