48.
品川ダンジョンを出た2人。
迎えの車に乗り込み、ガラスで仕切られた後部座席で口を切る。
「華。今日のボーイ。城 弾正をどう見ました?」
「まず思ったのは……パパの見る目は全く駄目ってこと。何がカラテファイターよ? 彼に悪いことしたじゃない」
父から狩場でウシ獣を相手どる城の話を聞いた時。てっきり前衛系ギフトと思いゴブリン獣の相手を任せたのが、まさか後衛系ギフトであったとは……下手すれば大怪我しかねない事態であったと反省する。
とはいえ、父が前衛系ギフトと判断したのも仕方のない話。
何せ一般に後衛の魔法系ギフトはソロの探索に不向きである。いくら火力があろうとも、ダンジョンの暗がりから不意を打たれモンスターに接近されては即、死にかねない。
それがわざわざモンスター相手に接近戦をしているのだから。
「後衛の魔法系ギフト。おそらくはデバフ系。それであの近接戦闘力は普通じゃないわね。パパの見た戦闘力だと3800だっけ?」
いくらレベルを上げようとも、近接戦闘を行うにあたっては、前衛系ギフトと後衛系ギフトに超えられない壁が存在する。
だというのにゴブリン獣だけではない。ゴブリン獣チーフですら包丁1本で突き倒していた。
「ノー。それは2日前の話。今日のボーイの戦闘力は4700でした」
「それこそありえないでしょ?! 2日で戦闘力が900も上がるって……またパパの見間違えじゃないの? ちゃんと観測したの?」
父の持つSSRギフト 観測者は、諜報系ギフトの中でも相手のギフトを見るのではない。相手の能力を数値化して見る能力。
URギフトを有する華の戦闘力5400には及ばないまでも、たかが2日でそれに迫る戦闘力を得たというのは、にわかには信じがたい話である。
「この2日間で経験の多い深層のモンスターを狩ったのかもしれません。それでLVが大幅に上がったのでしょう」
「2日で戦闘力が900も上がるモンスターってどれだけよ? それにまだ動きが素人くさいわ。深層を相手に戦っているようには思えない」
だというのに、地下3階。
ゴブリン軍団に包囲されたその時、城は親子2人を逃がして自分が囮になろうとしたのだ。
「もう1つ不思議があります。2日前はボーイの戦闘力がはっきり見えましたのが、今日は霧でかすんで見えました」
「何らかの偽装? パパと同じ諜報系ギフトってこと?」
「だとするなら戦闘力はもっと低いはずでしょう」
父はかつてアメフトのスター選手だった肉体のおかげで戦えているが、諜報系ギフトから得られる肉体的恩恵は低い。見るからに華奢な少年が、ギフトの恩恵なしにモンスターと戦えるとは思えない。
「それにボーイの手。華も最後に触ったでしょう?」
「ええ。不自然なほどに滑らかで柔らかかったわ。マメもタコもない。武器を持って戦う探索者の手じゃないわ」
「ボーイには何か秘密がある」
「それは間違いないわ……信用できるの?」
「イエース。ボーイがいなければミーは大怪我でしょう」
確かに。周囲のゴブリン軍団を撃つのにかまけて、父の危機に気づくのが遅れた。
もしも父がゴブリン獣チーフの棍棒に打たれていれば……元々が頑強な肉体にアメフト防具もあって、死にはしないにしても大怪我は間違いなかっただろう。
「なら正直に聞いてみれば?」
「ノー。黙っているということは知られたくないということ。ボーイとの関係が悪くなる可能性があります」
「じゃあ、どうするの?」
「だからでしょう。華はもっとボーイと仲良くするでしょう」
ダンジョンは未知の資源が眠る遺跡。
各国が探索発掘に力を入れる中、その開発にもっとも力を入れるのが茶位帝国。自国だけでない。近隣他国のダンジョンにまで手を伸ばし始めており、親子2人の祖国であるオリジン国は茶位帝国の近海にあった。
日米をはじめとした各国との協定を進めてはいるが……いざとなれば協定など何の意味もないことを2人は知っている。
茶位帝国からの干渉を防ぐには力が必要。
文章による協定だけではない。直接の力が。
・
・
・
品川ダンジョン。VIP応接室。
「それで? オリジン国大使と一緒にいたあの男は何者アルか?」
葉巻を口に。足を組みソファーに腰かける男が、目の前の女性に問いかける。
「はい。登録データによれば城 弾正。男性17歳。公立究明高校2年生。家族はデパートに勤める母1人と中学生の妹1人。父は無職で現在は行方不明となっています」
「政府関係者ではない? なら奴自身に何らかの価値が……奴のギフトは何アルか?」
「Rの傭兵です」
「R? 傭兵? 本当アルか?」
「はい。私がスキル看破で直接見ました。間違いありません」
「URやSSRならともかく……たかがRを相手になぜ大使がパーティを組むアルか? それも娘まで連れてアルよ?」
「分かりません。ですが1つ気になる点が……データによれば城が初めて品川ダンジョンに入ったのは先週。わずか1週間で2万9000円の稼ぎをあげています」
「探索者の稼ぎとして多くはないが……ズブのRの初心者と考えると多いアル。それは1人でアルか? 今日のようにパーティを組んで魔石を1人占めしたのではないアルか?」
「それは……何とも分かりません」
「念のため少し探らせてみるアルか……」
立ち上がりお互いに握手を交わすと同時。男は女性の手に封筒を握らせる。
「見送りは結構。また何かあれば連絡を頼むアル」
「今日はわざわざお越しくださり、ありがとうございました」
男の辞去したVIP応接室。
「失礼します……ってあれ? お客さんもう帰ったんすか?」
お盆にお茶を乗せた職員は、1人女性だけが残る室内を見て言った。
「チーフも大変っすね。オリジン国の大使に続いて、今度は茶位帝国大使のお相手なんて」
「それだけダンジョン協会に興味を持ってくださっている証拠です」
「それなら茶位帝国もダンジョン協会に加盟すれば良いっすのに……あれ? その封筒はなんすか?」
「これは……ただの書類よ。そう。ダンジョン協会への加盟をお願いするために使った資料です」
「そっすか? ATMとかに置いてある封筒に似てるもんすから、てっきりワイロでも貰ったかと思ったっす」
「……馬鹿なことを言っていないで。もうお茶は結構。片付けてちょうだい」
ダンジョン協会への登録データの全ては個人情報となり、基本、外部には秘匿される。
しかし、情報を取り扱うのが人間である限り抜け道は存在する。




