44.現代兵器と魔力バリア
華さんは背中のリュックを降ろし片手を差し込むと、中から黒光りする物体を取り出した。
あれは……まさか……銃か?!
いや……ここは日本で銃刀法違反だぞ?
しかも拳銃などのチャチなものではない。FPSゲームなどでよく見る小銃。いわゆる軍用アサルトライフル。
「向かって来る集団はアタシが相手するわ。パパとアンタは目の前のゲートを頼むわよ」
華さんは両手で小銃を構えると、おそらくは安全装置だろう、レバーを動かした。
「アンタたちも! 射線からどきなさい。当たっても知らないわよ!」
ゴブリン軍団を追いかける探索者に警告すると同時、迫り来るゴブリン軍団に向けて華さんが引き金を引いた。
タンタンターン
3点バースト。
続けて発射される3発の銃弾がゴブリン獣を貫通、紫煙へと変えていた。
未知の存在。モンスターに対しても、現代兵器は有効である。
だからこそ軍隊が探索の主力を担い、ダンジョンに多数の兵器が配置されるわけだが……それはあくまで低層の話である。
100パーセント有効かと言われると、そういうわけでもない。
魔力を持つ者は、魔力を含まない攻撃に対して強固なバリアを形成する。
それが魔力バリア。
魔力バリアの強度は、文字どおり魔力により決定される。
魔力とは魔法を使う力。ゲームではMPなどと呼ばれるやつで、モンスターをモンスターたらしめる根源の力。
アメーバ獣には通用する拳銃が、ウシ獣、ゴブリン獣と進むにつれ通用しづらくなり、小銃、対戦車バズーカなどの重火器が必要になるという。
さらにはこの先深層へ進むなら、いずれ現代兵器の全てが通用しなくなるのではないかと言われているが……
タンタンターン
再びの銃声により、続けざまにゴブリン獣が倒れ伏す。
圧倒的火力。深層では通用しないと言われる銃火器であるが、ゴブリン獣程度であれば相手にならないようだ。
タンタンターン
響き渡る銃声に尻込みを見せるゴブリン獣とは裏腹に、ゴブリン獣チーフの足は止まらない。銃を恐れもせず、逆に撃ってみろといわんばかりに華さんを目指して突き進む。
自分の魔力バリアに自信があるのだろう。
現代兵器。小銃程度ではビクともしないと。
事実。攻略読本にもゴブリン獣チーフは複数の小銃による一斉射でなければ魔力バリアを撃ち抜けないとあった。
対する華さんは1人で小銃は1つ。
なるほど……やはり俺の出番というわけだ。
「発動。暗黒の霧。門から生まれ来る者どもに闇の枷を与えたまえ」
俺は目の前のモンスターゲートを暗黒の霧で囲い込む。これで今後ゲートを湧き出るゴブリン獣は全てデバフ状態となる。アメフト親父1人でもしばらくは持つだろう。
「アメフトさん。少しこの場をお願いします」
「ホ、ホワーイ?!」
ゲートに背を向けて、俺は周囲から迫るゴブリン軍団に向き直る。
現代兵器が通用しないであろう深層のモンスターに対して、今後、人類はどう対抗するか?
その鍵を握るのがギフトである。
魔力バリアを貫通するには、魔力を帯びた攻撃が最も有効。
すなわちギフトによって得られる超常能力。魔法。
そして、ギフトを有する者が扱う剣、槍、弓矢などの武器である。これらの者が手にした武器にはギフトの魔力が乗り移り、魔力バリアを貫通することが可能となる。
それが軍隊がギフトを求めてダンジョンに潜る理由であり、民間人である探索者がダンジョンで戦える理由である。
間近に迫るゴブリン獣チーフを狙い俺は左手を向けた。
同じ手に持つ武器であっても、銃火器に魔力は乗り移らない。
これは弾丸を発射するという行為は、あくまで火薬の爆発による科学反応であって人力が介さないためではないか? など言われているが……クロスボウなどの機械式弓矢には魔力が乗り移るため、現状不明のままである。
まあ俺は銃を使って戦うわけではないため、小難しい理屈はどうでもよい。
分かることは、小銃1丁ではゴブリン獣チーフの魔力バリアを貫くのは難しいということ。
ならば、貫けるようにすれば良い。
魔力バリアの強度は相手の魔力量に比例する。
魔力の減少はそのまま魔力バリアの強度低下。
俺の暗黒の霧のデバフ効果には、魔力減少、魔力蒸発がある。
いわゆるDOTダメージに属する状態異常魔法で、時間の経過とともに相手の魔力をジワジワ減らしていくわけだ。
俺のデバフ魔法でゴブリン獣チーフの魔力を減らせば、魔力バリアを弱らせれば華さんの小銃で貫ける。
そういうことであれば……
「やるか……暗黒の……」
タンタンターン
俺が暗黒の霧を発動するより早く。華さんの小銃がゴブリン獣チーフを狙い撃った。
「ホブ?! ホブゴブギャー!」
一瞬、驚愕の表情を浮かべたゴブリン獣チーフが、血を噴き出し地面に倒れていく。
……? 魔力バリアをあっさり抜いた……?
ゴブリン獣チーフを撃ち倒した華さんは、続けて別方向から襲い来るゴブリン軍団に小銃を発砲する。
タンタンターン
「ゴブギャー!」
「ホブゴブギャー!」
華さんの撃ちだす弾丸はゴブリン獣、そしてゴブリン獣チーフですら次々撃ち抜いていく。
攻略読本……ゴブリン獣チーフは魔力が高いのではなかったのか……?
ま、まあ国内向けの攻略読本。銃に関する描写は適当なのだろう。
次々と地面に倒れるゴブリン獣の身体が紫煙に変わり、華さん。そしてパーティを組む俺たちの身体に吸い込まれていくが……
いや……やはりおかしい!
倒れたモンスターは紫煙となり倒した者の経験となる。
それに間違いはないのだが……銃火器をはじめとした現代兵器はまた別である。
銃火器などを使ってモンスターを退治した場合、人ではなく機械が倒したと見なされるのか、魔力は誰にも還元されることなく大気へと還る。
そのため、軍隊では銃火器で弱らせた後、止めは人が直接するのがセオリーだと書いてあったが……
華さんが撃ち抜いたモンスターの身体は紫煙となり、俺たちの身体に吸い込まれていた。
まさかこれも攻略読本の間違いか?
いや……人が倒さなければ経験とならないのはギフトを習得するための手順であり、探索者講習でも習う基本中の基本。間違いはありえない。
「今のボーイは疑問でしょうが、まずはミーをヘルプするでーす!」
ゲートを湧き出すゴブリン獣にヘルメットを掴まれ必死のアメフト親父。いくらデバフで弱らせているとはいえ、ゴブリン獣の数が多すぎたようだ。
動けないアメフト親父に向けて、棍棒を振り上げるゴブリン獣チーフの姿。
華さんは周囲から押し寄せるゴブリン軍団の相手で手一杯となれば……やれやれ。美少女を助けるならともかく、なぜに親父ばかり……
俺はアメフト親父に迫るゴブリン獣チーフの前に立ちはだかった。




