３．品川ダンジョン、受付
日本に存在するダンジョン。
その総数は１００を超え、主に以下の４つに分類される。
１つは政府直轄ダンジョン。
自衛隊、警察など、政府が認可した組織にのみ利用が許されたダンジョン。
当然、俺は入ることができない。
１つは公的機関であるダンジョン協会が運営する公営ダンジョン。
探索資格を持つ者であれば誰もが入場可能であり、俺が今日向かうのが公営ダンジョンである。
１つは民間企業の運営する企業ダンジョン。
増え続けるダンジョンの管理に手が回らなくなったダンジョン協会は、新規に発見されたダンジョンの権限を民間企業に売却する決定を下していた。
要は金のある企業にダンジョンを任せ、効率的に攻略させようというわけだ。企業と契約した探索者のみに入場が許可され、当然、俺は入ることができない。
最後に残る１つが野良ダンジョン。
ある日、突如として発生するダンジョン。発生直後の誰にも発見されていない状態、もしくは、発見したにも処遇の定まっていないダンジョンがこれに当たる。
俺は電車に乗り、公営の品川ダンジョンを目指す。
駅改札を抜け、地下への階段を降りる。
その先に公営 品川ダンジョンがあった。
１００パーセント攻略読本によれば、東京近郊の公営ダンジョンで一番のオススメとある。
入口の自動ドアに探索者カードをかざして入ると同時、独特の匂いがロビーに充満する。
ソファーには疲れたように座るおっさん。壁面のモニターに表示される内容を、濁った眼で見つめるおっさん。おっさん、青年、おっさん、おっさん。どこもかしこも疲れたような、おっさんばかりが目に入る。
それも無理はない。
品川ダンジョンをはじめ、ダンジョン協会の運営する公営ダンジョンは稼ぎづらいのだ。
魔石を入手するには、モンスターを退治する必要がある。そして、公営ダンジョンは誰もが入場できるとあって人が多い。
つまりは……獲物の取り合いになるわけだ。
そのため、才能ある若者は企業と契約、企業ダンジョンへ向かうという。現にランカーである来栖くんは、（株）セコスの専属探索者であった。
結果。公営ダンジョンには稼ぎの悪い、企業契約をとれないガラの悪いおっさんばかりが残るというわけで……
チラチラ向けられる視線を無視して、俺はロビー奥のカウンターへ足を進める。ダンジョンの初回入場時のみ、直接、受付でのカード処理が必要となるからだ。
「いらっしゃいませ」
無表情におばさんが会釈する。
さすがは公営ダンジョン。愛想は良くも悪くもない。
「すみません。ダンジョンに入りたいのですが」
「こちらのダンジョンは初めてで？」
「はい」
「失礼ですが、お１人で？」
「はい」
俺の差し出す探索者カードを受け取り機械に通すと、表示される内容を見て、おばさんが心配そうに声かけた。
「城さん。出来れば最初は誰かとご一緒された方が……」
おばさんが心配するのも、もっともである。
モンスターが出没するだけでも危険であるのに加えて、決して治安が良いといえない公営ダンジョン。少子化の進む日本において、未来ある若者をみすみす死なせるわけにもいかないのだろうが……その心配は無用である。
「大丈夫です。この本で予習しましたから」
そう言って俺は「必勝！ はじめてのダンジョン探索。１００パーセント攻略読本」を取り出して見せた。
「うーん……本当に大丈夫かしら？」
１００パーセントなのだから大丈夫である。
「あまりマニュアルを過信しないように。地下１階ホールでは初心者用の装備も売ってますから、きちんと準備するんですよ？」
しつこいくらいに念を押して、おばさんは俺の探索者カードを返してくれた。
親切なのは良いことなのだが……相手を見て心配するべきである。この俺はダンジョン探索者試験１００点満点、おそらく、の城 弾正。いっちょ抜群の成果を上げて、おばさんを驚かせてみるのも面白い。
俺はロビーの隅に位置取り、リュックの中身を取り出した。
内容は、包丁。木製野球バット。針金。
何せこれからモンスターと戦うのだから当然、武器が必要。
攻略読本によれば、遠くから攻撃できる武器が良いと、一番のオススメは銃と書かれているが……残念ながら日本では手に入らない。なら書くな。
となれば、第２のオススメ。ゴールド殿堂入り武器であるクロスボウとなるのだが……
攻略読本に書かれた一般的装備の値段を調べる。
クロスボウ……３万円
うむ。高い。
そのような装備をポンと買えるだけのお金があるなら、ダンジョンなんぞに潜らず学生生活を満喫している。
俺は取り出した野球バットの先に包丁を針金でぐるぐる巻きに固定する。あっという間にお手製の手槍の完成である。
先端の包丁のガタつきもなく、強く押してもビクともしない。これで大丈夫だろう。
リュックを背負いなおすと、手槍を片手に。受け取ったカードをかざしてフラッパーゲートをくぐり抜けた。
時刻は朝の８時３０分。帰りの時間を考えても、夕方１８時ごろまでは探索できる。
