26.野良ネコ
「おにーちゃん。お帰りー。おみやげちょーだーい」
「ただいま。イモ。お土産はないぞ?」
「えー。ダンジョンで稼いだんじゃないのー?」
残念ながら魔石売却で1万円の収入。
E級ポーション購入で1万円の支出。
結果はトントンである。
「んー……いちおうこれがお土産か?」
そういって俺はE級ポーションをイモの手に乗せた。
「うー。ポーションじゃん。おいしくないし」
仮においしくても、怪我もないのに飲んでは駄目である。
「まあ。いいや。晩御飯できてるよ」
服を着替えてリビングへ。母はまだ帰っていない。
「それじゃ先に食べるか。いただきます」
「いただきまーす」
今日も焼肉である。
パクリ
「うん。うん。うまいうまい。イモは料理の天才だよ」
特にこの焼肉のタレが最高だ。肉にバッチリあっている。
「えへへ。そうかなー。で、このお肉。味はどうかな?」
パクパク
「うん。うまいんじゃないか? イモは良いお嫁さんになれるな。結婚しよう」
しかし、何の肉だろう? イモの手前あまり言いづらいが、肉自体はあまり美味しくない。
「えへへ。そうかなー。それじゃ結婚するね」
スパーン
「こらあ。お兄ちゃん? イモに変なこと吹きこまない」
痛い。どうやら母の帰宅である。
「あ。お母さんおかえりー。お母さんのぶんも準備するねー」
イモが台所で新しい肉を焼き始める。
「それで弾正。探索者はどうなの?」
「うん。絶好調。控えめにいって来年には億万長者かな?」
「それなら良いけど。弾正は調子乗りだし大丈夫かしら?」
「はーい。おかあさん。お待たせー」
ずいぶんと肉をたくさん焼いたな……そんなお金に余裕あったかな?
パクパク
「あら? イモちゃん。このお肉って何のお肉なの?」
「ネズミ肉だよ。おにいちゃんがダンジョンで取って来たんだー」
ぶふぉっ
「弾正。行儀悪いことしない」
「いや。すみません」
もちろん俺はダンジョンで取って来ていないし、黄金ネズミ肉は昨日に食べつくしたはず。
ということは……イモのやつ。1人で自宅ダンジョンに入ったな。
「へえ。昨日のお肉に比べるとあれだけど、十分おいしいわ」
「そでしょー? これで食費が浮くね。やったー。これから毎日お肉にするねー」
「ありがとう。ごめんなさいね。2人に苦労をかけて……」
イモのやつ。母を出汁にしれっとダンジョンに行く許可を取ったものだ。
これでは危険だからと反対するにも難しい。
まあ、イモも自宅の食糧事情を改善しようと頑張っているわけだし、俺よりよほど強いとはいえ……やはり兄としては心配である。何か対策を考えるか……
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4/25(木)
学校。授業中。
「えー。本日の授業は魔力発電についてです。みなさんご存じのように魔力発電とは魔石を燃料にして発電するわけで、日本でも先月から正式稼働しております」
「先生。魔力発電って大丈夫なんすかー? 危なくないっすか?」
「大丈夫です。環境に優しいクリーンな発電。それが魔力発電でして、環境活動家も大満足。すでに世界中で稼働が始まっており実績も十分です」
「でも、魔素ってのが周囲に出るんすよね?」
「魔素は人体に一切の害はありませんよ。最初は少し頭痛を感じたりしますが、すぐに慣れますので心配いりません」
「へー。21世紀のエネルギーってわけっすね」
「これからの社会はオール魔力。世界中で魔力の研究が行われていますが、最も進んでいるのが茶威帝国です。皇帝の号令のもと国家総動員体制でのダンジョン探索、研究が進められています。老人子供はもちろん赤子も含めた14億の全てを強制動員ですから素晴らしいですね」
「へー。日本はどうなんすかね?」
「日本でも近々ダンジョン教育が必須化される動きがあるそうですが……政府は何を考えているのでしょう! 生徒を強制的にモンスターと戦わせるような……そんな暴力的教育に先生は反対です。自衛隊がダンジョンに入るのもいけません。近隣諸国を刺激するだけです。今はダンジョンよりも政府の不正追及を……」
徐々に魔力エネルギーが社会進出しているそうだ。
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授業が終わり自宅に帰り着く。
「ただいまー。おにいちゃん。いるー?」
「イモお帰り。今日はダンジョンの前にちょっと良いか?」
「ん? なにー?」
俺はイモを連れて自宅を出る。
都会まで電車で1時間30分。
自宅周辺は微妙に自然の残るのどかな地帯。
そのぶん野生の動物などがうろついていたりするのだが──
「イモ。たまにお菓子を持って庭に出るが、何をやってるんだ?」
「うー……」
「イモ。お前。野良ネコに餌をあげているだろう?」
今日。イモが帰る前に庭を見回れば、お菓子の食べカス。
そして、猫のものらしき抜け毛が落ちていた。
「うー……だって、可愛いもん」
飼い猫ならともかく野良ネコは害獣。餌やりは禁止である。
庭に住み着き糞尿など荒らされては困るというのに……
とはいえ、イモの気持ちも分からないでもない。
可愛い猫ちゃんを害獣処分するのは気が引けるもの。
「ニャン太郎ー。おいでおいでー」
イモが声かけると庭の奥。雑草をかき分けた野良ネコが喜び飛び出し、イモに頭を撫でられていた。
三毛猫か……しかもニャン太郎? 本当にオスだとするなら珍しいな。捕まえて売れば高値になるのでは……
俺が近寄ろうとすると、さっとイモの後ろに逃げ隠れる。
むねん……だがまあ、そうだよな。
野良ネコは人間への警戒心が強い。害獣として迫害されているのだから当然である。たまたまイモが毎日エサを与えていたため、イモに懐いているだけなのだ。
「イモ。今後は野良ネコへの餌やりは禁止だ」
「えーーー!? そんなー……」
「自給自足。野良であるなら自分の力で餌を取るものだ」
「うう……無理だよー。ここじゃそんな自然ないもん。ニャン太郎が捕まえる餌なんてないよー」
それがあるのである。
「イモ。猫といえばネズミ。このすぐ近くにネズミがいっぱいいる場所があるだろう?」
ついでにゴキブリもであるが。
「あ! そっかー。自宅ダンジョン!」
「ニャン太郎を自宅ダンジョンへ放り込めば食料問題は解決する」
「うー……でもあれ普通のネズミじゃないもん。ニャン太郎が逆に食べられちゃうよー」
「大丈夫。ダンジョンでギフトを得るのは人間だけじゃないんだ」
「え? もしかしてニャン太郎も?」
「そうだ。パートナーとして犬を連れて入る事があるらしいぞ」
日本では人間以外の入場は禁止されているが、海外では狩猟犬を連れて入ることがあるという。
「お、おにいちゃんは天才だー! やったーニャン太郎一緒に行こう」
ニャン太郎を抱きかかえ、撫でまくるイモ。
別に俺はニャン太郎の食糧事情を心配して提案したわけではない。これはイモの身を守るための施策である。
女子中学生は好奇心旺盛な年頃。1人でダンジョンへ入るなといっても入るだろう。その時にニャン太郎が一緒であれば危険も減るというもの。
なんといってもニャン太郎は猫である。
ギフトを得れば、ネズミとゴキブリの天敵となるはずだ。




