19.横取り
品川ダンジョン地下1階。
狩場で目立つのは魔法でモンスターを狩る1人の少年。
ギフトによりもたらせられる神秘の能力。魔法。
少年の手から放たれた火球がアメーバ獣に当たり爆発。その1撃でモンスターは紫煙となり消えていた。
まさか空想の産物である魔法が現実になるとは……凄い時代になったものである。
かくいう俺も魔法が使える。それもSSRにして10点満点中9.5点の美少年暗黒魔導士。
モンスター狩りに魔法は有効。そういうことであれば。
「発動。暗黒の霧」
俺の右手を発した暗黒の霧がダンジョンに漂う。
ポヨーン
再度、モンスターゲートから飛び出す10匹のアメーバ獣。俺は暗黒霧を操作して、うち1匹の身体を暗黒霧で包み込んでいた。
よし。デバフ魔法による先制攻撃。これでこいつは俺の獲物である。包丁を抜き放ち、じっくりアメーバ獣に相対しようとする。その前で
グサリ。アメーバ獣にボルトが突き刺さる。
ボルトを受けたアメーバ獣は俺を無視して、クロスボウを持つ男の元へ跳ね飛んで行ってしまった。
「悪い悪い。でも早い者勝ちだからさあ」
一番早くモンスターにダメージを与えた者が討伐の権利を得るという。先にデバフ魔法を当てた俺に権利があるはずが……デバフ魔法にダメージはない。
だとしても、どう考えても怪しい黒い霧に包まれているのだ。何かの魔法かな? 俺が手出ししたら駄目だよね? そう遠慮するべき場面だというのに……
いや。薄暗いダンジョンで黒い霧は見えづらい。きっと見落としただけだろう。
とぼとぼ定位置に戻る俺は次のモンスター出現に備え立つ。
三度。モンスターゲートを飛び出すアメーバ獣。
うち1匹の身体を暗黒霧で包み込むも……
グサリ。アメーバ獣にボルトが突き刺さる。
ボルトを受けたアメーバ獣は俺を無視して、クロスボウを持つ男の元へ跳ね飛んで行ってしまった。
「悪い悪い。でも早い者勝ちだからさあ」
おのれ。2度ならず3度までも……俺はSSRにしてうんぬんかんぬんだというのに……
しょんぼり戻る俺の姿を見るクロスボウ男の口元には、嫌らしい笑みが薄っすら広がっていた。
やろう……わざとなのか? わざとだろう。
人様の獲物を横取りするなど卑怯千万。探索者としてあるまじき行為……許せん。
などと騒ぎ立てても俺が不利となるだけ。
基本的にモンスターは自分を攻撃した相手を狙うもので、現にモンスターはクロスボウ男の元へ向かっていった。ダメージのない俺のデバフ魔法はノーカウントと判断されるだろう。
であればルール通りの行動。クロスボウ男に非は存在せず、騒ぎ立てる俺にこそ非は存在する。
ボカーン
「ひゅーすげーぜ。おめーの魔法」
「ですな。攻撃魔法には驚きですぞ」
「でへへ。そんな褒められると困るっぺ」
いつの間にか魔法使いはパーティに入っていたようで、3人で楽しく狩りをしていた。
攻撃魔法は見た目に派手でモンスターへの殺傷力にも優れるため人気である。
反面、デバフ魔法は見た目に攻撃しているのかどうか、モンスターに有効なのかどうかすら素人には分からない。
探索慣れした玄人ならデバフの有用性は常識なのだろうが……現に攻略読本ではデバフの評価は高くなっている。
しかし、ここは探索初心者の集まる地下1階。
攻撃魔法にばかり注目がいくのも仕方のないことか……
攻撃魔法とデバフ魔法。
同じ魔法でも随分と扱いに差があるのではないか? など思わないでもないが……他人に同情するほど俺は暇ではない。
「発動。暗黒の霧」
俺の手を噴き出す暗黒の霧は、宙を舞いモンスターゲートへ漂い行く。常に漆黒の風が渦巻くモンスターゲート。暗黒の霧が薄く包み込んだところで誰も気づく者はいない。
ポヨーン
次にモンスターゲートを飛び出したのは10匹のイモ虫獣。
俺の生み出す暗黒の霧がモンスターゲートを包み込んでいる今。ゲートを飛び出たイモ虫獣10匹全てに俺のデバフが成立していた。
ズリズリ這い寄るイモ虫獣へ包丁を構える俺の前で。
グサリ。イモ虫獣にボルトが突き刺さる。
ボルトを受けたイモ虫獣は俺を無視して、クロスボウを持つ男の元へ這い進んで行ってしまった。
「悪い悪い。でも早い者勝ちだからさあ」
もはや笑みを隠そうともせずクロスボウ男はヘラヘラ言い放つと、警棒を振るいイモ虫獣と戦い始めていた。
やれやれ……ご苦労なことである。
デバフ魔法にダメージはなく攻撃とは見なされない……か。それはあくまで探索初心者の考える勘違いにすぎない。
イモ虫獣の酸に手こずりながらも、何とか退治に成功するクロスボウ男。倒れたイモ虫獣の魔力が紫煙となり、クロスボウ男に吸い込まれていく。
同時に薄い紫煙が1本。俺の身体まで伸びていた。
倒したモンスターの魔力は紫煙となり倒したパーティの経験となる。その際、パーティの他にダメージを与えた者が存在する場合、わずかであるがその者にも経験は分配されるのだ。
デバフによる能力減少。それはすなわち能力へのダメージ。体力にダメージはなくとも俺はデバフでイモ虫獣の能力にダメージを与えている。
そして、俺はモンスターゲートを飛び出す全てのモンスターを暗黒の霧で触れている。
狩場内10匹全てのイモ虫獣が退治される。合計10本の薄い紫煙が俺の元へ。俺の身体に吸い込まれていた。
デバフ1回で分配される経験は横取りされようが気づかない極わずかの量。それでも、1体1体は極わずかでも塵も積もれば山となるわけで。
グサリ
「はあ、はあ……悪い悪い。でも早い者勝ちだからさあ」
今も俺の前でクロスボウ男は、汗を流して必死にモンスターを倒し続ける。
やれやれ……思ったより良いやつではないか。
俺のために汗を流してまで戦ってくれるとはな。
今も俺の周囲では大勢の探索者がモンスターを倒し続ける。
これがデバフ魔法の神髄。デバフ魔法自体に火力がない分、他者をこき使って戦うのが俺のギフトの持ち味である。
残念ながらこの戦法。魔石は一切手に入らないが……モンスターの経験を掠め取らせていただくのだ。その頑張りに免じて魔石くらいは譲るとしよう。どうせ魔石だけなら自宅ダンジョンでいくらでも手に入る。
その後、引き上げる時間までモンスター狩場をうろついた結果。俺が直接に仕留めたモンスターはネズミ獣を3体だけだが、俺のLVは7に上がっていた。
■ギフト:暗黒魔導士 LV7 ↑1UP
・スキル:暗黒の霧:暗黒抵抗
・EXS:プリンボディ
ボカーン
「ええで。ええで。攻撃魔法最高や。どんどん行くで」
「いや……ちょっと疲れたっぺ……もう魔法無理だっぺ」
「あほか。お前魔法使いやろ。はよ戦わんかい」
魔力切れでへたり込む魔法使い。
自分自身で直接魔法を打ち込まなければ経験を獲得できないとはな……攻撃魔法の人は大変そうで同情を禁じ得ない。